『農への反省』
                                              元東京農業大学 教授 金木良三 農学博士

1.はじめに・・・
    日本の耕地面積は、最大時国土面積の16%、600万ha少々あった。これがこの30年余りの間に徐々に減少、最近では10%余り(平成14年時点)、400万haと大幅に減少してしまった。600万haあったのは、昭和40年代まで、人口も一億人余り…。単位面積あたり作物生産量は確かに増えた。米について見れば、昭和30年代前半は360kg/10aであったものが、今では500kgを超えている。
    最高時の稲作収量は1400万tを越えたが、今では1000万t以下に消費も落ち込み、減反につぐ減反で、水田の作付け面積は200万ha以下に追い込まれ、100万haの水田がその本来の機能を失い、自然環境に悪影響を及ぼしはじめている事に漸く気がつき始めたような始末・・・これに拍車を掛けたのが山林、里山の荒廃・・・。
    文明は栄えながら文化の壊廃、自然の破滅につながっていることに気のついた人は多い。しかし、口では言いながら実際対策、施策に役立つ運動は一向に見当たらない。背筋の寒くなる思いで暮らす昨今であるが、人生の先も見えた私の一人足掻きではどうにもならないのが現実であろうか。
    すべてがバブルに始まったとは思えないのは、やはり敗戦後、今から50年余り前に始まっているとしか思えない。
    昭和21年の新憲法に始まり、24年には新学校制度、農地法の改革、家族制度の崩壊などなど・・・昭和30年頃に始まる工業立国による経済制度、これと歩調を合わせながら農業経営規模の拡大政策、そして失敗・・・いまさら愚痴を言う資格はないが、何とかせねばならぬとの思いを持つ事は許されよう。馬齢を重ね、欲得、損得がなくなったからこそ、真実がまた、人類の先が見えるようになったとしか言いようがない昨今である。


2.農業を想う・・・
    私の専攻は作物学であり、広い農学の分野の一部でしかない。これで農学を学んだとは、今になるとナンセンスである。人間の生きる知恵のごく一部について学び勉強はしてきたのであるが、総合的視野に立っての勉強とは言えないから今考えると無駄な時を消費してきたバカさに呆れるほかない。
    農業は数千年の時をかけて先人の開発をより良くも羽状させて来たことには間違いはない。農業は土という自然を母体とし、自然の植物から人間の役に立つものを選び出し、改良し、栽培し、これを人間の食料、また、人間が役に立つと考え手なづけた動物、即ち、家畜の飼料として人間が生きてゆく生業であった。
    土壌なる耕地を母体とし、太陽の光と気水とから作物を生産し、利用し生命を維持する産業・・・これが農業である。しかし、最近は季節的生産を無視、ハウス、ビニールトンネル栽培、更に水耕、礫耕、あるいは気水耕等・・・人為的環境下で季節を無視した作物の生産が多く行われるようになった。このような人為的環境化で生産され食料が、作物の本来的成分、品質、栄養などと相違したものであることは指摘され、承知していながら利用するのは不思議としか言いようがない。
    機能的食品の開発が盛んであるが、食品の本来有する機能をよく理解して必要量を補うのが本来ではなかろうか?健康食品、各種ビタミン、栄養ドリンク剤・・・悪いとは言わないが田畑で生産された季節季節の作物を適量摂取してきたことはすっかり忘れさられたようである。旬のものを食する事の楽しみは、多くの人が知ってはいる。また、保蔵の技術も開発されていることだから、旬の意味も大分変ってきた事も事実である。しかし、作物は本来的には生産適期に生産されたものを利用する事がベストと思っている。
    米麦、馬鈴薯、とうもろこし等保蔵のきくような主食は別として、生命体の微妙な栄養保全のための副食は、旬のものを尊重したい。健康な人間が、必要以上の健康補助食品に頼ることは如何なものであろうか?


3.土壌の生命・・・
    耕地土壌が生産に適した状態に起これるためには、それなりの維持管理が必要である事は前に述べてきた通りである。しかし、耕地土壌が生産に適した状態といっても、作物自体の土壌また気象条件に対する適応性の問題もあり、自然条件化での作物生産の適応性は難しい問題である。特に耕地土壌の肥痩問題は作物生産に影響するところは大きい。
    また、耕地の咲くt持つ生産性、生産力には限界がある。案外、この事を忘れている人は多い。私の専門である普通作物、特に水稲については1200s/10aが言外と言われているが、1000s以上を連続して収穫すれば土壌は忽ち痩せ、生産力は減退する。逆に無理をせず、無肥料で栽培を続けても1500kg/10aの収量継続が可能である事が知られている。これは気象と作物品種は別として土と水がいいからである。畑では考えられない事である。
    専門の水稲生産については、肥沃な耕地での限界は1200s/10aとされており、事実、米作日本一でこれに近い収量が上げられている。これは水稲なる作物の収量限界であって、他の作物では異なる。例えば甘藷や玉ネギ・大根・ニンジン・・・皆、それぞれに限界がある。
    その作物の生育性状において、裁植密度に限界があり、商品的価値も考慮に入れれば、単位面積当たりの収量は耕地の肥痩、肥培管理、気象状態によっても変動・・・収量限界がおのずと決まってくる。昔時行われた焼き畑農業=略奪農業での作物生産は、地力、天候に依存するものであったが、森林の保全、環境保護の視点から、定置農業=常畑化への道が辿られ、耕地化による常住安定農業への進化が見られたものである。
    因に戦後の食糧難の時代、代用食としての甘藷、馬鈴薯などの多収穫が目論まれ、愛媛の篤農家→農業指導者の丸木さんは、深耕、大苗栽培で甘藷の5t/反収穫を実証されたと言う。
    その他、全国各地で作物の増収技術が競われたが、化学肥料・農薬の多用などから種々の問題が起きてきた事は皆さんご承知の通りであり、技術屋としては対処不能な事態にも立ち至っている。耕地土壌の生命どころか、農業そのものの存亡、極論すれば人類の存亡に関わる事態となってきている事態を考えたい。


4.食と農・・・
    農業、農学研究の場から離れて12年余りが過ぎてしまった。しかし、40余り年学び接して来た農業については、片時もこれを忘れる事はなかった。農業教育、研究の職場を離れてからも専門誌には目を通し、新聞の農業関連記事には注意を払ってきたつもりである。
    しかし、専門の作物−稲作については、減反に続く減反政策・・・40年程前、I総理の農政顧問をしておられたK氏から聞かされた話・・・を思い出す。その時はマサカと思っていたのであるが・・・その話とは(昭和32年)、後20年余りで東京から鹿児島、また札幌まで6時間で行けるようになる。全国に高速自動車網が完備され、東京都地方との格差は全く解消する。
    水田面積は今、300万haの半分で、一億の人口を支えられるようになる。余った水田は牧草を栽培し、20t/10aの牧草を畜産農家に供給、肉牛、乳牛とも国内飼料で充分に補える・・・と言った内容・・・であった。これらの計画はすべて戦後の昭和27年頃から立案に入ったものと聞かされた。
    後になって考えてみると、このK先生の意図は、工業立国による日本の再建構想の一環と知った。事実、39年の東京オリンピックまでには東名、阪神高速道路は完成し、新幹線も東京〜大阪間3時間半・・・
    昭和36年には畜産大規模経営、ビートの拡大生産に対応する大規模製糖会社の設立と・・・資源を持たぬ日本としては、工業立国への道を歩み始めたのが今にして思えば、昭和30年前半からのことであった。40年代後半には米国についで経済大国への道に乗ったようである。しかし、まだ私にはK先生の話が、国の将来、人類の将来を左右する話とは気がつかなかった。
    ただ、畜産経営の大規模拡大、ビートの生産拡大など、農業の経営規模拡大政策は、日本の農業経営に直には当てはまらぬと思っただけである。まだまだ先を見通すだけの力がなかったのだなぁ!と反省する昨今である。恥ずかしい思いの晩年となった。

5.それではどうする・・・
  高度経済成長政策は、I総理以降の歴代内閣、政党政治のなかにあって第一次石油ショックにはじまり、エコノミックアニマル的日本人を醸成、ついにはバブルを招来、そしてバブル崩壊・・・ついに世界的恐慌を来すデフレの時代を招くに至った。
   この原因はどこにあるのだろうか?ひと口にはいえないであろうが、前世紀の科学技術発展の不用意な利用、悪用が上げられよう。確か昭和40年元旦、読売新聞の元旦記事に『環境アセスメント』なる言葉が出てきた。初めはよく理解できなかったが、『我々の居住するこの地球環境、また居住環境への科学技術利用が及ぼす影響への査定』と理解した。

  例えば「畜産の経営規模拡大」では、家畜の飼料入手は当然ながら国内自給の上に成り立つものであろうし、多頭羽飼育は糞尿処理のことまで考えておかねばならない・・・。 
 

    ビートの生産が鹿児島で成り立つのかどうか、産品の品質も考えずに製糖会社を造ってしまった・・・。化石燃料の供給は後30年。と言われてから早や30年・・・枯渇前に原子力発電と言われながら、これもすでに10数年を経過・・・使用済み核燃料の処分方法は未だ未解決・・・六ヶ所村で一時保存の始末・・・  
                                                                       [未完]