8月末、神戸市の中心部から北へ約20km。兵庫県三木市の瑞穂地区へやってきました。
ここは「酒米の王様」と称される山田錦の名産地。両側に稲穂がそよぐ道の途中に「大杉ぶどう園」の直売所があります。
看板には、大きく「バクタモン®栽培」の文字が。代表の大杉幸夫さん(74歳)は、8~9月の期間中、ご自身が「ほぼ自力で建てた」直売所で、奥様と一緒にブドウの直売を行っています。
房の上から下まで高濃度
直売所を訪ねると、大杉さんは真っ先に、大きなブドウの房を取り出しました。
「まずはこれ、食べてみて」
現れたのは、大粒の黒ブドウ。
房がずっしりと重く、玉がパンパンに張っていて、果肉が緻密。そして、口に入れると、とてもジューシー。ほどよい甘さと酸味が広がって、つい「もう一粒」と、房に手が伸びてしまいます。
「これが、マスカットベーリーA。昔から作っている、お馴染みの品種です」
マスカットベーリーAは、「日本ワインの父」と称される新潟県の川上善兵衛氏が、昭和初期に生み出した、歴史の長い生食と醸造用の兼用種。現在も国産赤ワイン用品種として、日本で最も多く栽培されているほか、岡山、山梨、兵庫、広島、福岡などでは、生食用として親しまれています。
大杉さんのブドウは、栽培面積70a。8月初旬の「ブラックビート」に続いて、「藤稔(ふじみのり)」を収穫。直売所での販売と、宅配便での産直に対応していますが、昨年の夏は、「8月15日には、全部売り切れて、26日まで売るブドウがないから、その間は無職だった(笑)」とか。人気のほどが伺えます。
その後、マスカットベーリーAと並行して、ピオーネやゴルビーを収穫。販売は9月末まで続きます。贈答用のブドウを包む袋にも「バクタモン®(微生物)栽培」の文字がくっきり。
微生物とともに、ブドウを作り上げている。そんな心意気の証です。
以下は、大杉さんご自身が栽培したゴルビーの糖度を計測した結果。
同じ房でも、一番上は24.7度、中ほどは23.8度、一番下が21.5度と、部位によって変わるのですが、いずれも高糖度をマークしているのがわかります。
作ったブドウはすべて売り切る
最盛期を迎えた直売所では、大杉さんご夫妻が見事な房を箱に詰め、次々と遠方の注文先へ発送するかたわらで、シーズンを待ちかねたように常連客がやってきます。
大杉さんは12年前に共同出荷を辞め、自分のブドウをすべて自分で販売する、直売スタイルに切り替えました。共同出荷の頃は「秀・優・良」等、サイズや品質、色等が細かくランク付けされていましたが自分で売るようになってからは「箱入り」と「袋入り」の2種類に絞っています。
いわゆる「箱入り」は贈答用。そこからちょっと玉が零れていたり、房の形がイマイチでも味は一緒の「袋入り」は、ご自宅用。いずれも毎年楽しみに買い求める常連客が多く、完売しています。
「何も残らへん。かっきり売れてしまう」と、自信満々。
パンと張り詰めた果実、ずっしりと重い房。高糖度で一度食べたら、もう一度食べたくなる味が人気。それを生み出す秘訣はどこにあるのでしょう?
味の決め手は毛細根
酒米「山田錦」の産地として有名な瑞穂地区で、ブドウの栽培が始まったのは昭和30年代後半。大杉さんが中学生の頃でした。
「昔ここらは米ばっかり。しかも段々畑やったから、山を削って平らにしてブドウを作り始めた人がいて、売り出したらそれが『美味しい!』と評判になったわけです」
大杉さん自身、それはもともと山を削って造成した場所だったので、法面に腐葉土が豊富に入っていたのが、その理由ではないかと考えています。
昭和40年代後半に入り、山がちな瑞穂地区全体で、国のパイロット事業による大規模な造成が始まりました。すでに稲作は機械化が進み、米以外の作物への転作も始まっていましたが、山を削って造成した農地で新たな作物を作ろうと考えた時浮上したのは、元々味がよいと評判の高い「ブドウ」だったのです。
こうして、瑞穂の大粒のブドウの産地に。それまで建築関係の仕事に就いていた大杉さんも、30年ほどから栽培に取り組み始めました。
栽培を始めた頃、大杉さんは周囲の生産者と同様に化学肥料を使用していましたが、ある時農業資材の販売に訪れた人から「本当に大事な根は、先端の3㎜や」という話を耳にします。
「ほんまかいな?」
ブドウには、垂直に伸びて樹を支える主根と、そこから横に何本も伸びる細長い毛細根がありますが、大事なのは毛細根。しかも、肝心な栄養を吸い上げているのは、その先端の3㎜だというのです。
「化学肥料を使い続けると、色が薄くて水っぽく、酸っぱいブドウになってしまう。窒素は主根や葉からも吸収できるけど、リンとカリは細い根がなければ吸収できない。地中で毛細根がたくさん伸びる土を作らなければ!」
こうして大杉さんは、その人の指導の元、20年ほど前から牛糞堆肥と鶏糞、そしてバクタモン®と宇部マグを併用した土作りを始めました。
「冬、元肥と一緒に10a当りバクタモン®を20kg。3月に40kg。そして5月に40kg。トータルで100kg投入しています」
そんな土作りに取り組み始めて3~4年目になると……
「最初は半信半疑だったけど、あきらかに根が変わってきました」
それまでよりずっと毛細根が増え、長く伸び、ブドウの実はより大粒になって、キュッと締まった充実した果実となり、甘味もグンと増してきたのです。
土作りにバクタモン®が加わって以来、化学肥料はほとんど使わず、葉面散布のみ。農薬の使用量も少なく抑えられるようになりました。
「他の資材に比べて、たしかにバクタモン®は高いですが、牛糞や鶏糞はトン単位で買っても安い。トータルで考えたら、反当たりの肥料代は化学肥料を使っていた時より若干安くなりました。そして、ブドウは断然美味しくなったのです」
1本に100房が基本
直売所から、ブドウ畑へ向かいました。頭上には雨よけのビニールが張られていて、病気から果実を守っています。
ブドウの樹はすっきり。枝がまっすぐ整えられているので、樹と枝の間を心地よい風が吹き抜けていきます。これは上から見ると、枝が「H」を形に整えている「H型整枝」と呼ばれる整枝法。見通しもよく、作業しやすい樹形が特徴です。
山梨県などで見られるX型整枝よりも、枝を短く切るので、樹形がコンパクト。1本の樹から4本の主枝を伸ばしますが、樹に負担がかからないように、1枝にブドウを25房、全体で100房以上にならないようにコントロールしています。
「うちは、たくさん房を取るよりも、1房1総を充実させています。だいたいブドウ1房につき葉っぱ15枚の割合で作っているので、自然に房が大きくなります」
既に半分は収穫を終えていて、大杉さんが畑に残された終盤のピオーネから袋を外すと、パンパンに玉の張った大粒の房が現れました。
さらに大杉さんは、2枚のブドウ葉を見せてくれました。右が大杉さん、左が別の人の畑のブドウの葉ですが、えらく様子が違っています。
「昔から、ブドウは葉の切れ込みが深い方がいい。裏返ししたら葉脈がくっきりしている葉、中でも左右対称の葉は、健康なんです。」
なぜそうなのか、詳しくはわからないのですが、ブドウを作って30年の経験から、たしかにそれは間違っていないと感じるそうです。
冬場の土づくりが肝心
圃場の草刈も、土作りの大事な作業。
「極力、除草剤は使わないようにして、9割は草刈機で刈るようにしています」
乗用の草刈機に乗り、樹の間を走行し、刈った草をそのまま土の表面に敷いていきます。それが草生栽培。草を分解し、緑肥として活かす過程でも、バクタモン®が活躍しているのです。
さらに、冬の間、ブドウ畑に投入する堆肥も、大杉さんご自身で作られています。
その作り方は、以下の通り。
① 11tトラックいっぱいの植木のチップを購入して、堆肥場へ運びます。
② 1月、ユンボを使って、牛糞とチップを混ぜます。この時バクタモン®も投入。年に5~6回、この切り返しを行います。
③ 完熟した堆肥を、ブドウ畑へ。春の芽吹きと開花に備えます。
大杉さんが共同出荷から離脱した時、大量に名刺を刷って配ったり、HPを立ち上げてインターネットで注文に応じるなど、あの手この手で顧客にアプローチしましたが、最初の1年は苦戦しました。それでも
「姿形より味にこだわれば、ちゃんと売れる」
そう信じて、土作りを続けてきました。
毎年、種子を蒔いて栽培する野菜と違い、同じ樹から果実を穫り続けるのが果樹の世界。
「だから商品よりも、樹にものすごく気を使います。冬の仕事もとても大事。『今年もまた良いブドウができますように』と祈りながら、冬仕事を頑張っております」
瑞穂地区で栽培が始まって半世紀以上。大杉さん自身は、30年以上ここでブドウを作り続けてきましたが、最近は高齢化が進み、後継者もいないため、離農してブドウの樹を伐ってしまう農家が少なくないそうです。大杉さんの家でも、ご長男は会社を興して別の仕事に就いているため、後継者はありません。
「ブドウは、私の代で終いや」と、きっぱり。
そこには、土作りに邁進し、すべてのブドウを売り切り、お客様に喜んでもらえてきた充実感が伺えます。
とはいえ、大杉さんはまだまだ現役。毎年冬になると、畑に穴を掘り、堆肥とともにバクタモン®を投入し続け、微生物が有機質を分解して生み出した成分を求めて、細い毛細根が何本も伸びていく――土の中で、そんなドラマが繰り広げられているのです。
●大杉ぶどう園 https://www.oosugi-budouen.com/
2018年8月29日 取材・文/三好かやの
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