「あまおう」好きが国内外から駆けつける
福岡空港から東へ車で40分。福津市の「くわの農園」では、桒野(くわの)真光さん(55歳)と由美さんご夫婦が、いちごの「あまおう」とキャベツ、お米を栽培しています。
とくにその「あまおう」は、味がよいと評判で、摘み取りの時期になると福岡県内はもとより、北海道や沖縄から駆けつける人も。いちごの産地は日本全国にあるというのに、わざわざ遠方から桒野さんのハウスを目指してやってくるリピーターが多いのです。
「うちのお客様は、数ある品種の中でも『あまおう』が大好き。中でもとくにうちの『あまおうが食べたい』と、遠くから来てくださる方が多いんです」(由美さん)
桒野さんのいちごが好きなのは、日本人だけではありません。ある時、日本人と結婚している中国人の家族がやってきて、その2週間後「また来るから」と予約して帰りました。
「最初は家族4人で来られて、次はなんと15人。本国から親兄弟や親戚一同を呼び寄せて、みんなで摘み取っていました。日本人の奥様が『すごく気に入ったからまた来ました』と話していました」
桒野いちごの虜になる人は、外国人も多数。中には日本語も、カタコトの英語も全く通じない国の人が来られることもありますが、そんな時は由美さんが「ジェスチャーとバリバリの博多弁」で対応。自慢の「あまおう」を食べた後は、みんな笑顔になって帰っていくそうです。
時には、こんなこともありました。
「リピーターのCA(キャビン・アテンダント)さんから電話があって『今、福岡空港まできているから、これからいちご食べに行きますね』。空港からうちまで40分、タクシーを使って5人で来られたこともありました」
世界中を飛び回り、美食を知り尽くしている国際線のCAにとって、くわの農園は日本へ着いたら飛行機とタクシーで乗り付けたくなる場所のようです。
いわゆる欧米の”ストロベリー”が、ジャムやお菓子への加工が前提で、硬く身がしまっていて酸味が強いのに対し、日本の”いちご”は、あくまでも「生食ありき」。やわらかくてジューシーで、甘味と酸味がある。そんな両者は、見た目が似ていても中身は「別物」といわれています。近年は生食用いちごを、イギリスや台湾でも見かけるそうですが、そんな彼女たちにとって、くわの農園の「あまおう」は、また別格なのです。
ここまで多くの人を魅了してやまないいちごができるのは、なぜでしょう?
それは苗作りの段階から始まっています。
バクタモンⓇが炭疽菌の蔓延を防ぐ
生産者自身が育苗も手がけるいちごは、栽培と翌シーズンの育苗が同時進行。親株を植え付けて苗を取り、そこからいちごを育てて収穫するまで、ほぼ2年がかりの仕事です。親株の育成は9月にスタート。年を超え3月からランナーを伸ばし始め、6月に出てきた子株を3寸ポットに受け止め、定植用の苗を育てます。
取材で訪れた7月3日、ハウスに設置したパネルの上に、これから定植を迎える苗が並んでいました。
苗をランナーから切り離したら、1株ずつ置き肥をして、それから殺菌剤を散布。そして「後日1株にひとつまみずつ、バクタモン®をふります。目的は、土壌改良と根張り。白根がよく出ます」(真光さん)
桒野さん夫婦がバクタモン®を使い始めたのは、25年ほど前のこと。うどん粉病に悩んでいた時、その対策として農業資材を販売する株式会社サンセラプラントの小林克己さんに紹介されたのがきっかけでした。
最初は半信半疑で使い始めた真光さんでしたが、しばらくしてあることに気づきます。
「一度炭疽病が出ると、その菌が前後左右に広がって、苗がバタバタと枯れ始めます。ところが、バクタモン®を振ったところは、なぜかポツン、ポツンとしか出ないのです」(真光さん)
炭疽病は、いちごの生産者がもっとも恐れる病気で、炭疽菌によって広がります。葉面に黒い斑点が生じたり、株元のクラウンが侵されて枯れることもあるので、発生を抑えるには定期的な消毒や防除が欠かせません。
一方、微生物資材のバクタモン®は、殺菌剤ではないので炭疽菌そのものを殺す効果はありません。それでも、
「バクタモン®そのものが強い菌だから、炭疽菌の伝染を食い止めている。殺菌剤も使いますが、極力農薬は抑えたい。使い始めたきっかけは、そこでした」
以来、桒野さんの「あまおう」の栽培にバクタモン®は欠かせぬ存在に。
さらに、いちごの高設栽培の培土に使用するたい肥には、コーヒータイプのバクタモン®を投入する他、11~4月にかけて5ha栽培しているキャベツの苗を育てる時は、バクタモン®と尿素を水に溶かした自家製の水溶液を散布。発根を促進し、病気に強く、食味の高いキャベツを作り上げています。
夏の間、いちごの苗に毎日スプリンクラーで給水し続けます。外葉が茶色く枯れていきますが、それを手でかき取ると、また新しい芽が出てきます。台風の時期は、上から寒冷紗をかけて飛ばないように防御。最終的に9月下旬に、ハウスの中に植え付けていきます。
「この時期に、真っ白い根が伸びるかどうかが勝負。最終的に抜いてみた時に、ポットの上までいっぱい根が回る状態だったらいい」(真光さん)
定植前のポット苗だけでなく9月に本圃へ定植してからも、定期的にバクタモン®を散布。発根を促し、強い株を育て続けます。
「白い根がよく伸びるから、味ののりがいいんです」(由美さん)
「たしかに絶対美味しくなる。糖度は確実に上がります」(真光さん)
「あまおう」は、平均的な糖度は13度前後。ものすごく甘く感じるものでも15~16度といわれる中、桒野さんの「あまおう」は20度をマークしたことも。さらに、甘味と酸味のバランスが取れている。それが、毎年全国からファンが訪れる所以なのです。
寒さを乗り越え、強い株に
9月になると、今年の苗をハウスに移植する作業と並行して、来年の苗を取るための親株を露地に植えて育て始めます。他のいちご農家は、炭疽病等を防ぐためハウス内で親株を育てることが多いのですが、桒野さんは気温が下がり、冬になっても露地のまま。風と寒さの中で、親株は無事に育つのでしょうか?
「吹きさらしの露地で、葉がチリチリに枯れ上がって、茶色くなっても、冬の寒さを体験させます。そうすることで、強い苗ができるんです」(由美さん)
「バクタモン®を使うようになって、親株は屋根をかけずに寒さに当てて育てた方が、よく育つことがわかってきました。こうして吹きさらしの露地で育苗しています」(真光さん)
茶色く枯れたら手でかき取り、新芽が出るのを促す。バクタモン®を使うことで白根をたくさん発根させ、あえて寒さを経験させて強い株を育てる。そんな育苗が、誰もが「おいしい!」と驚く食味を実現させているのです。
出荷、体験、そして加工へ…
さて、いちごの産地量全国第2位を誇る福岡県には「あまおう」以外にも「とよのか」「さちのか」「おいCベリー」など、10種類以上栽培して、食べ比べを楽しめる農園も多数点在しています。
ところが、桒野さんが栽培しているのは「あまおう」だけ。
「他にもいちごの産地や品種はいっぱいあるのに、なぜかうちのあまおうだけずっと食べたい。うちのお客様には、そんな方が多いのです」(由美さん)
「あまおう」は、2005年に福岡県農業総合試験場が育成。大粒で丸みがあり、果実は中まで真っ赤で、中には1粒20gを超えるものもある、大果系いちごです。
くわの農園は、いちごの摘み取りが専門の観光農園ではありません。約30aのハウスをフル稼働。高設栽培しているいちごの出荷スケジュールは、以下の通りです。
12~2月末まで…ふるさと納税返礼品、ホテル、レストランへ
クリスマスをピークにいちごの需要が高まる年末は、主にふるさと納税の返礼品やホテル、レストランへの出荷が中心。とくに、東京・練馬区のホテルカデンツァ東京では、「くわの農園のあまおうを使ったあまおうフェア」を開催してきました(今シーズンについては、現在検討中)。
そのホテルでは、毎年いちごを使った料理やデザートが何種類も味わえる「いちごビュッフェ」が開催され、人気を博しています。毎日大量のいちごを使用するため、産地や生産者を特定するのは難しいのですが、ここでは桒野さんの「あまおう」だけを使用しています。
「週2回のペースで、一度に約50箱送っています。うちのお客様がそのホテルの常連で、おみやげにいちごを持っていったのがご縁でした。社長とシェフ、商品開発部長が農園に来られて『これはおいしい。来週から送ってください』と即決。お取引が始まりました」(由美さん)
3月1日~4月30日…いちごの収穫体験
3月に入ると、ハウスにお客様を迎え入れ「いちごの収穫体験」がスタートします。料金は1人1,900円。訪れた人が心ゆくまで味わえるように、広いハウスに入れるのは1回1~2組まで。予約制で受け付けています。
「うちは『いちご狩り』ではなく、『収穫体験』と呼んでいます。お客様に『足らんかった』とは言わせません」
その始まりは今から20年ほど前、3月を過ぎ、気温が上昇すると、いちごは果実をどんどん実らせて収穫作業が追いつかなくなりがち。そこで、近所の子どもたちを招き入れ、無料で収穫させたのが始まりでした。それがすこぶる好評で、リピーターも増えたため、2012年から料金を設定し「収穫体験」と名付けて、本格的に実施するようになったのです。
収穫体験を楽しみにしているリピーターの中には、こんな人もいました。
「うちのハウスで合コンした大学生から電話があって『おばちゃん、ハウスに誰もおらん時間ってある?』『ああ、あるよ』。すると、彼女を連れて2人でやってきて、奥の方でプロポーズしていました。そんな2人は結婚して、今はお子様連れで来ています」
大好きないちごハウスでプロポーズ。そんな場面に立ち会えるのも、くわの農園の収穫体験ならでは。今では訪れる人たちの8割をリピーターが占めるまでになりました。
4月末まで…冷凍いちごやジャム、加工品に
4月に入り、いよいよ収穫も終盤。収穫体験を受け入れながら、収穫は続きます。それらは冷凍して、いちごジャムに加工したり、地元の
福祉施設と連携して「加工用冷凍あまおう」として販売、はたまた地元の居酒屋チェーンが販売する発酵シロップの原料に……。
「大事なあまおうを、一粒たりとも無駄にしない!」
そんな桒野夫妻の心意気が伝わってきます。
新型コロナで収穫体験中止。それでも完売
2020年春、新型コロナ感染症が日本に広がり、緊急事態宣言が出た春、桒野さんは5月まで入っていた収穫体験の予約をすべてお断りせざるをえませんでした。すると、予約していた近場のお客さんは、予約日の前後にいちごを買いに来てくれたそうです。
一方、取りに来られない関東や北海道方面のお客さんからは、10箱単位で注文が寄せられました。
由美さん「送料が、ものすごく高くつきますよ」
お客さん「飛行機であなたのところへ行くことを考えたら、断然安い。いつもは飛行機で行くから、お土産は自分の分しか持って帰れないけど、今回はお友だちの分も買うわ」
というわけで、農園に行けなくても「桒野さんの『あまおう』が食べたい!」という遠方のお客さんからの注文が全国から殺到し、結局この年のいちごは完売したそうです。
桒野さん夫婦は、高校時代の同級生。結婚して今年36年を迎えます。以来ずっと栽培は真光さん。体験の受け入れ、加工と販売を由美さんが担当し、二人三脚で農園を運営してきました。物怖じしない性格で、接客とSNSが得意な由美さんが、栽培を担当する真光さんに、いつもお願いしてることがあります。
「私が売り込みに行くから、自信を持って売れるいちごを作ってほしい」
研究熱心な真光さんが、それに応えてたどり着いたのは、真冬の寒さを乗り越えて、強く育てる苗作り。そこには土の中で発根を促し、病害を回避するバクタモン®のチカラが生きています。
2022年7月3日
取材・文/三好かやの
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