肥料屋自ら農園経営!
和歌山県紀ノ川市にある吉岡義雄さん(77歳)の会社の前には、看板が2枚揚げられています。
1枚は年季の入った『吉岡肥料店』。
もう1枚は比較的新しい『(株)吉岡農園』。
さらにその前では、丸々とした玉ねぎをネットに入れて、直売中。地域密着の肥料屋と自社農園を、同時に経営されているのです。
「社員は全部で10人、うち9人が農園担当で、肥料屋は僕ひとりです」
そう話す吉岡さんは、今年喜寿を迎えたばかり。若手社員には、各自『キュウリ』『ナス』など、特定の作物をさせていますが、「うちは安月給やから、もっと欲しければ、野菜を作って自分で稼げ!」と、檄を飛ばします。
会社を訪れた7月上旬。作業場にはナスやキュウリ、オクラやトマトが次々と運び込まれ、若手の社員たちが出荷作業に追われていました。吉岡さんご自身は、33歳で肥料屋を始めて以来40年以上、地元の土と農業と向き合い続けてきました。
ズック靴を地下足袋に履き替えて…
中学時代から「ものすごく農業が好きだった」という吉岡さん。農業改良普及員を目指し、農業講習所(農業大学校の前身)へ進学。普及員になる気満々だった2年生の時、和歌山県知事選があり、たまたま落選した候補を支援していた教師が、山奥の勤務地へ左遷される様を目の当たりにしました。
「それ見て、公務員になるのが、ほとほとイヤになりました」
土壌肥料を専攻していたので、大阪の肥料会社に就職。工場で肥料の製造を担当しましたが、あまりに亜硫酸ガスがきつくて、1年1ヶ月で退職。その後、熱帯植物の鉢のレンタル業、植木の露天商など、植物関連の仕事を転々とし、24歳で結婚。地元の肥料店で働くようになりました。農家を訪ね、栽培指導をしながら、肥料や必要な資材を売る毎日。
ところが、農業講習所で土壌学を学んでいたものの、農家を相手に《講釈》をしても、誰もそんな若造を相手にしてくれませんでした。
そんな時、ある農家の人に…
『おまん、えらそうに言うなら、明日から地下足袋履いて畑を回れ!』と忠告されました。
すると、それまでのズック靴を地下足袋に履き替え、オートバイにまたがり、畑を巡回。圃場のpH値をとことん測り始めました。
当時、そんな営業マンはいなかったので、
「走り回ったら、みんなビックリして。肥料を買うてくれ出したんや」
みかんが高値で売れていた昭和40年代、有田を中心とする産地では、土壌分析に基づいた吉岡さんが提案する肥料は、よく売れました。
野菜を売るところまで、手本見せよう!
肥料屋に9年間勤め、33歳で独立した直後、日本は第一次オイルショックに見舞われ、輸入肥料が日本に入って来なくなってしまいました。
限られた在庫の奪い合いになり、他の肥料屋が『欲しい分だけ取りに来い』という中で、吉岡さんは注文をとって、配達に回りました。
「知らない人には絶対売らん。
当時はまだお客さんが少なかったから、ちょうどよかった。」
そんなこんなで、肥料屋としての信用を得て、顧客を少しずつ増やしていきましたが、吉岡さんは当時から『売るだけ』の肥料屋ではありませんでした。元々農業が好きだったので、自宅の畑で野菜を栽培し、どんな肥料を使えば、食味のよい野菜や果物ができるかを実証していたのです。それでも、
「作るだけじゃアカン。いい肥料を使っても、ちゃんと利益が出なければ農家は信用してくれん。お金にするとこまでやらないと。そこまで手本見せたる!」
栽培のみならず、販売にも着手。そこで取り組み始めたのが玉ねぎでした。
収穫した玉ねぎを農協でなく、神戸中央青果へ出荷しました。
すると…
「ものすごくええ玉ねぎが出来てね。市場で一番の高値がついた!」
続いて日生協(日本生活協同組合連合会)から要望があり、東北や九州の生協へ出荷。とにかく神戸の生協からは『全量買いたい』と申し出があったほどでした。
吉岡さんの玉ねぎは、今でも農園の主力作物で、4haで栽培。野菜の売上の半分を占めるほど。吉岡さんの作る玉ねぎは、食味が高いと評価が高く、続いて関西にある高級スーパーとの取引が始まりました。
硝酸態窒素の過剰摂取を抑える
そのスーパーは、農産物の安全性にこだわって、植物体に含まれる【硝酸態窒素】の濃度が100g中1000ppm以下という独自の基準を設けています。
硝酸態窒素は、それ自体を通常に摂取している程度なら害を及ぼすことはありませんが、体内で還元されて亜硝酸態窒素に変化すると、呼吸阻害症のひとつであるヘモグロビン血症の原因となったり、発がん性物質のニトロソ化合物に変化するとも言われています。
日本では、農産物の硝酸態窒素が問題になることは少ないのですが、ヨーロッパでは野菜の安全基準として定められています。窒素過多の圃場で栽培される、ほうれん草、小松菜、チンゲンサイなどの葉菜類から、高濃度の硝酸態窒素が検出されてしまうことが多いのです。
葉の色がどす黒いほど濃く、食べるとえぐ味があるものは硝酸態窒素が高濃度。葉が明るい緑色で、うま味を感じるものは低濃度。それが見分けるポイントです。
「野菜100g中に、3000ppm以上の硝酸態窒素が含まれると、えぐ味があって、体にも良くない。そんな硝酸態窒素を出さないために、バクタモンが役立っとるんや」
そう話す吉岡さんとバクタモン®の出会いは、40年ほど前。岡部産業(株)創業者の岡部茂二が、普及に努めていた頃に導入しました。肥料屋としての吉岡さんは、その代理店にもなっています。
日本で栽培される葉菜類の硝酸態窒素は、ヨーロッパなどに比べて、比較的高濃度のものが多いと言われています。野菜中の濃度を低く抑えることは、食べる人の安全にもつながります。それはまた、肥料の過剰施用と過剰吸収を抑え、環境負荷の低減にも役立つのです。
(株)吉岡農園では、自慢の玉ねぎをはじめ、16種類の野菜を育てる際、元肥と一緒に10aにバクタモンを60kg投入して栽培しています。
すると、測定の結果、玉ねぎの硝酸イオンは検出限界以下、ほうれん草は全国平均の6分の1以下、小松菜は10分の1以下という値が出ました。科学的に硝酸態窒素の低減に役立っていることがわかります。
窒素と味の関係を考えよ!
バクタモン®は、施用された肥料や有機物を栄養源にして繁殖。その養分を菌体に取り込んで分解しながら、土壌に菌体たんぱくや分泌物を放出します。作物に尿素など窒素分の豊富な肥料と与えると、急激に吸収して肥大します。一方、バクタモンを散布した土壌では、多様な菌が土壌中の養分バランスを整え、植物の要求に応じて養分を供給するので、植物が急激に窒素を吸収するのを抑えて、じわじわゆっくり効いて、結果的に硝酸態窒素の少ない、えぐ味のない野菜を生み出すのです。
肥料屋として多くの農家を回り、生産者として顧客と対応してきた経験から、吉岡さんは常日頃、こんなことを感じています。
「有機栽培は、有機質を土に入れればそれでいいと思っている人が多いし、微生物資材も好き・嫌いで論じる人が多い。実際は、微生物が有機物の分解を助けて、はじめて植物の根が吸える形になる。みんな、そこがわかっとらん!」
微生物のはたらきを考えないまま有機質肥料を大量に投入すると、作物は過剰に吸収します。養分を過剰に吸収した作物は、場合によっては食べる人にとって『毒』になる。それを生産者も販売者も、そして食べる人も認識しなければなりません。
「とにかく、野菜によけいな肥料分を吸わせんこと。前作の残存養分を考慮した、適正施肥が肝心。窒素と味の関係を勉強することが肝心やな」と、力説されています。
吉岡さんの作る野菜は、糖度が高く、おいしいことでも知られています。さらに硝酸態窒素が少なくて、えぐ味がない。つまり、
おいしい作物=糖度が高く、硝酸値が低い
おいしくない作物=糖度が低く、硝酸値が高い
作物と窒素の間には、そんな関係が成り立つのです。
バクタモンの不思議
吉岡さんが野菜づくりで大事にしているのは、作物の『根』の役割です。
「根は人間いえば胃袋。どんなにいい栄養を与えても、それをちゃんと吸える根がなければダメや」
特に重要なのは毛根。一般的な作物に比べバクタモンを与えた作物は、出てくる毛根の量が格段に多いため、必要な養分を吸うチカラが旺盛で、健康な作物を生み出すのです。
驚いたのは、日照りが続いて、土の表面がカラカラに乾いても、バクタモン®を与えた作物は、枯れずに生きていること。
バクタモン®が生み出す植物ホルモン『オーキシン』の働きが作用して、発根を促しているからです。
「土中に水が少ないと、空気中から吸っている。
それくらい根のチカラが強いってことやね」と、頼もしそうに話しておられました。
大切なのはマグネシウム
肥料屋さんとしての吉岡さんは、作物毎に必要な成分を配合した肥料を独自にブレンド。【吉岡1号】【吉岡2号】……全部で30種類くらいの肥料を製造・販売しています。長年の経験から、これを施用する際バクタモンを合わせることで、作物が無駄なく効果的に養分を吸い上げることがわかってきました。
それと同時に、野菜や果物づくりに欠かせないのが『マグネシウム』。
一般的に、作物を作る三大成分として窒素、リン酸、カリ。それに加えて、カルシウムが必要なことは、広く知られています。次に重要なのが、マグネシウム。吉岡さんは、純度の高いマグネシウムとバクタモンの併用をすすめています。
「実際に必要なのは、カルシウムとマグネシウムも合わせた5つの成分。海水から抽出されるマグネシウムは、うま味の元であるから欠かせない」
マグネシウムは、植物体の葉緑素の構成に関わる主な元素で、作物がこれをバランスよく吸収することで、光合成能力が高まり、炭水化物の生産量が増え、リン酸との相乗効果で形質がよくなるなど、バクタモン®との併用で多様な相乗効果が生まれます。その結果、糖度が高く、甘くて、ミネラル、ビタミンが豊富。そして、健康でおいしい野菜ができるのです。
(株)吉岡農園の圃場は、すべて露地栽培。ハウスなどの施設に頼らず、お日様と土のチカラで、健康な野菜を育てています。若手スタッフが吉岡さんの指導に、さらに自分の工夫を凝らしながら、担当の作物を栽培しています。ナスの畑には、なぜか株間にオレンジ色のマリーゴールドが咲き誇っていました。
「センチュウ防止と、虫が来ないように。忌避植物として植えとるんやな」と、担当者の工夫を目にして、嬉しそうな吉岡さん。ここをステップにして、農家としての独り立ちを目指している人も少なくありません。吉岡さんは野菜だけでなく、その作り手も育てているのです。
7月の倉庫は、ご自慢の玉ねぎでいっぱいになっていました。作業場では出荷作業や、次の野菜の種まきが進んでいます。
「玉ねぎが全部出ていったら、肥料の配合を始めます。今じゃ農業部門の方が、売上が多いくらいやけど、肥料屋は絶対になくさへん!」
現在、作付面積は17ha。さらに規模を拡大し、20haを目標にしています。
自分で作った肥料を使って、野菜を栽培し、そして儲かる農業を目指す――。
その3段階を身を以て実践し、見せることで、農家を目指して奮闘している若者たちに、「儲かる農業の見本になりたい」と考える吉岡さん。
若かりし頃、地下足袋を履いて、和歌山の農家を回って培った、ご自身の土づくりの知識と経験が、高品質の野菜を生み出し、新たに農業に取り組む若者たちを励まし、育て続けているのです。
2017年7月 取材・文/三好かやの
|