実がしまって味が濃い
田んぼにコウノトリが訪れることで知られる兵庫県朝来市で、2002年、29歳で就農。トマトの栽培を続けている坪井良尚さん(49歳)。それまで証券会社の営業マンとして活躍していました。
会社を辞めて就農を志した時、「農業でお金を稼ごう」と思い立ったのだとか。
「農業って、体力も技術も営業も経営感覚も必要な総合職じゃないですか。これを極められたらすごいぞ!」
そんな坪井さんが作るトマトは、ギュッと実がしまっていて、味が濃いと評判が高く、「トマト好きな方が、しょっちゅう買いにきてくれる。そんなトマトです」
と話してくださいました。早速ハウスに入ると……。
すっきりとした一本仕立てで、立ち姿はまるでアスリートのよう。耐病性のある「CF桃太郎ファイト」という品種を栽培中です。
朝来は稲作がさかんな地域で、野菜は特産品の「岩津ねぎ」が有名ですが、坪井さんが農業を始めた当時、周囲にトマトを作っている人は誰もいませんでした。そんな中でなぜトマトを選んだのでしょう?
「最初の5年は、青ネギを作っていました。他産地のネギとも食べ比べてみましたが、正直自分でも味の違いがわからない。同じ野菜でも違いがわかる、そんな野菜を作りたい」
差別化が難しい青ネギよりも、味わう人に名指しで買ってもらえるような作物を。そこで浮かんだのがトマトでした。そこで坪井さんは、高糖度で味の良いトマトを作ることで知られていた大阪府のFさんの元へ栽培法を学びに行きました。そこで使われていたのがバクタモン®。なので、トマトの栽培を始めた15年前から、ずっと使い続けています。
大玉トマトには、手頃な価格で200g以上の大きな果実を大量に収穫する方法と、水分を絞って小さく育て、その分糖度が高く、味わいも濃厚なフルーツトマトを育てる方法があります。坪井さんの研修先の農家が栽培していたのは、高糖度のフルーツトマト。レストランや高級スーパー向けに高価格で販売していました。
坪井さんが作るトマトもまた、秋冬でも糖度が8度を超えていて、関西圏の高級スーパーや百貨店の野菜売り場で評判に。3年ほど前には、高級志向で知られる東京・銀座の百貨店に卸すまでになりましたが、
「その時点で、高級路線はもういいかなと」
糖度の高さと、味の濃いさはそのままに。農園直営の直売所や、近所の道の駅でキロ500~700円で販売。朝来市を代表するふるさと納税の返礼品としても、人気を博しています。
窒素をじわじわ吸い上げる
トマトの栽培歴は、3月に苗を定植し7月まで収穫。続いて8月半ばに苗を植え、冬場まで採り続ける。年2作を実践しています。整技法は、脇芽をかいて中央の主枝をまっすぐ上方へ育てる一本仕立て。枝も葉もシャープにしまっていて、葉は明るい緑色をしています。
定植前に鶏ふん主体の元肥と、バクタモン®を10aに20㎏を投入。栽培期間中、水やりと一緒にミネラル分を補強するだけで、農薬や化学肥料は使用していません。
坪井さんによれば、おいしいトマトは、果実がまだ青いうちにわかるそうです。
「トマトの肩のベースグリーン。これが濃く出ないとダメです」
通常、トマトは葉で光合成を行って栄養を蓄えていますが、甘く濃厚なトマトは果実自体でも光合成を行おうとして、肩の部分に「ベースグリーン」と呼ばれる濃い緑色の部分が出現するのです。
「化学肥料も殺菌剤も使っていません。実は病気はもう一部に出ているんですが、果実までは及んできません」
そんな坪井さんのトマトは、自然食品店でも人気の的。農薬や化学肥料を使わない栽培方法は、有機栽培に近いのですが、国が基準を定める有機JAS認証は取得していません。
猛暑や寒さでハチが飛ばない時期は、受粉を促すトマトトーンを使用していて、有機JAS基準ではその使用が認められていないのです。
そんな坪井さんがバクタモン®を使う理由はどこにあるのでしょう?
「多分、トマトはちょっとアホな生き物で、肥料を与えるとなんぼでも吸ってしまうんです。だから土にバクタモン®を混ぜて、窒素分を先に菌に取られると、トマトが一気に吸えなくなって、後からじわじわ効くように調整する、そんなはたらきがあるように思います」
自根苗を育て、土壌消毒もゼロ
夏場の坪井さんのハウスでは、上の段ほど暑すぎて実が焼けてしまい、冬場は気温がマイナスになり、ビニルを二重にしても無加温だと実が凍ってしまうのだとか。そんな寒暖差の激しい環境で育つことも、トマトの味わいに通じているようです。
苗は接ぎ木ではなく、自根苗を使用。真夏の株の入れ替え時期に、土壌消毒も行っていません。
「さすがにこんなに暑いと、夏場は病気が出ることもありますが、3月に苗を植える分にはまったく問題ありません」
ハウスでトマトを栽培する場合、病気を防ぐため接ぎ木苗を使用し、土壌に残る病原菌を死滅させるため、太陽熱や薬剤で土壌消毒をするのは当たり前の昨今、なかなかできないことです。坪井さんは、年に2回×15年=30年、このやり方でトマトを作ってきましたが、これまで大きな病害に見舞われたことはありません。
「おそらく土壌中に病原菌がいると思います。それでも同じ土中にバクタモン®のような強い菌がいるから、やすやすと増えられない。菌と菌が拮抗して、病気が蔓延するのを防いでると思います」
連作障害を防ぐには、バクタモン®は欠かせない存在。さらに坪井さんは、牛ふん、馬ふん、籾殻等、毎回原料の異なる堆肥を使うことも連作障害の回避につながっていると考えています。
水分と肥料分をかなり絞って栽培していますが、果実の糖度は季節によって変わります。
ちなみにヒトの味覚は、6、7、8度の違いは判別できますが、9度以上は分からなくなるのだとか。
糖度6~8度をマークするには水やりが肝心で、他の作業はスタッフやパートタイマーに任せることはあっても、こと「水やり」だけは、坪井さん自身が担当しています。
「うちのトマトは、いつも喉が渇いている状態。そこにマグネシウムやにがり等、ミネラル分を含んだ水を与えます。1日1回『そろそろやらなあかん』と思った時が、そのタイミング。自分の感覚で与えています」
マグネシウムは鉱物由来のものではなく、海水から抽出したものを使用。成分的には一緒でも、トマトの味わいに及ぼす微妙な違いを大切にしています。
イチゴ栽培にもバクタモン®を
そんな坪井さんは、4年前からイチゴの栽培を始めました。品種は「章姫」と「かおりの」。
イチゴは光を欲する作物ですが、朝来は冬から秋にかけて曇天の日が多いエリア。限られた日照量でも栽培可能な品種として、この2種を選びました。「章姫」は炭疽病に弱いのに対し、三重県で開発された「かおりの」は、炭疽病に抵抗性をもつ品種です。
イチゴはトマトよりも病気に弱いため農薬を使用していますが、それでも「章姫」に炭疽病が出ることがあります。
「そんな時は、病気の出た株を抜いて、そのまわりにバクタモン®を撒いておきます」
一般的にイチゴの病気が発生すると、その株だけでなく、同じベッドから何株も抜いたり、培土を入れ替えたりするなどして蔓延を防ぎます。ところが坪井さんの場合は、感染した1株抜くだけで防ぐことができるそうです。バクタモン®には、農薬のように病原菌を殺傷する能力はありませんが、株の周囲に散布した微生物たちが防波堤の役目を果たして、炭疽菌が広がるのを防いでいるのです。
タマネギ苗にもバクタモン®を
11月初旬、トマトの選果が進む作業場では、パートタイマーの女性たちが大忙し。この時期限定のタマネギ苗を販売しているのです。育苗しているのは「ソニック」「ネオアース」「もみじ」「赤タマネギ」の4種。タマネギは、培土にバクタモン®を混ぜたセルトレイに、1穴5~6粒の種を蒔いて発芽させ、露地へ移植。1カ月ほど育てたものを販売しています。自家用の家庭菜園の人から大量に栽培するプロまで、次々と訪れて購入していました。栽培期間の長いネギ類は、苗が出来栄えを大きく左右しますが、ここでもバクタモン®が活躍しています。
坪井さんは、元々証券会社の営業マンでしたが、味のいいトマトを作るようになると、あまり営業に出歩かなくても、注文が舞い込むようになりました。トマトに続いて、新たに始めたイチゴもまた「味がよい」と評判に。周囲には本格的に作っている競争農家がいないため、地元の直売所等で販売しています。
いま大学生の長女を筆頭に4人のお子さんを育てている坪井さん。今のところ4人ともトマトやイチゴを引き継ぐ気配はないとのこと。
「農業は僕一代かぎり」と、きっぱり。
潔さを感じます。それでも周囲に同じ作物を作る人のない朝来で始めたトマトやイチゴは、ふるさと納税の返礼品としても認められ、朝来を代表する農産物に。
バクタモン®の力を味方につけて、農業という「総合職」を探求し続けています。
2023年11月2日
取材・文/三好かやの
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