8年前からモモの栽培を始める
福岡県北部の福津市を訪れました。久保田哲次さん(64歳)さんは、ここで中玉トマトを栽培。8年前からモモの苗木を植えはじめ、近年、果実の出荷も始まりました。
3月下旬に訪れたモモ畑では、濃い桃色の花がちらほらとほころび始めていました。
「ここで花見をしたいという知り合いもいます。たしかにモモの花を全部咲かせたら、それは見事なんですが、花が咲く前の蕾のうちに花を減らしておかないといけません」
そう話しながら久保田さんは、手作業で枝からどんどん蕾を落としていきます。これは「摘蕾(てきらい)」という作業。果実が実った時の姿をイメージして、下向きに咲いている蕾を残し、上向きの蕾を取り除くのです。さらに、咲いた花を減らす「摘花」、小さく膨らんだ青い果実を落とす「摘果」と、何段階も結実する花を選抜してきます。こうして同じ枝に何度も手をかけて夏を迎えると、大きく、充実したモモの果実が実るのです。
元々、福津市周辺にモモを本格的に栽培して、出荷している農家はありませんでした。その中で久保田さんのモモはその品質が評価され、今では「ふるさと納税」の返礼品として、全国へ発送されて、高評価を得ています。
1家族3袋まで。数量限定の中玉トマト
さて、そんな久保田さんはモモと並行して、ハウスで中玉トマト「フルティカ」を栽培しています。苗を8月に定植し、9月から3月末まで出荷。主に、地元の農産物直売所「ふれあい広場ふくま」で販売しています。
そんな販売の様子を見ようと、2時過ぎに売り場を訪ねると……
売り場は空っぽ。「本日は完売しました」のプレートが残っているだけ。さらに「久保田農園のトマトは、1家族様3袋でお願いします」という掲示もありました。しかも周囲の棚には別の農家のトマトがまだ残っていて、久保田さんのトマトの人気の高さを物語っています。
「一時期、うちのトマトをプロの業者が買い占めて、後から来た人に回らなくなったことがありました。それで数量制限するようになったんです」
プロの業者が独り占めしたくなるほどの美味しさ。そんなトマトの味の決め手は、どこにあるのでしょう?
マニュアル通りに使ったはずが…
福津市の農家に生まれた久保田さん。20代の頃は神奈川県で働いて、27歳で帰郷。それまで福津市では温州みかん、八朔、夏ミカンなどがさかんに栽培されていましたが、1991年のアメリカ産オレンジの輸入自由化を契機に、多くの生産者がミカン栽培から撤退していきました。
「昔は、このあたりにはミカン畑がいっぱいありましたが、私が福津へ帰った頃、ミカンの樹の下にスイカが植わっていました。黄色い大玉スイカの産地になって、運送屋がトレーラーに乗せて大阪の市場へ運んでいきました」
福津へ帰った久保田さんが、初めてスイカを作った時、こんなことがありました。
「マニュアル通りに肥料を入れて苗を植えて、本当にマニュアル通りに作りました。でも、そうして育てたトラック1台分のスイカの中に、秀品は7つしかなかった」
スイカの良し悪しは、ポンポンと叩くとわかります。そうしてチェックした結果、中身の充実した秀品はごく一部で、あとはスカスカ。マニュアル通りに作ったはずなのに、なぜこんなことになったのでしょう?
「何かを作り始める時、土壌に肥料成分がゼロということはありえんのです」
ところが、栽培マニュアルは土壌中のすべての成分がゼロという前提で作成されていて、それまで栽培経験のなかった久保田さんが、きっちりそれに従って施肥したところ、スカスカのスイカが大量にできてしまったのでした。
「元々田んぼだった場所の黒い土なら、地力があるけん、スイカはほとんど肥料なしでできるんです。元から地力のある場所でマニュアル通りに肥料を入れたら、樹が暴れてしまう」
土壌には前作の残肥や、堆肥や落ち葉、雑草等の有機質が分解されて生まれた肥料分が、幾ばくか残されているので、そこにマニュアル通りに施肥を施すと、成分過剰になってしまいます。また、どの畑にも均一な条件が栽培できるわけはなく、粘土質か砂壌土か、水はけの良し悪しなど、土そのもの物理性や環境も施肥量を左右するのです。
こうした苦い経験から、久保田さんは土壌分析の結果を元に、施肥設計を行うようになりました。しかし、必ずしも計算通りに作物が肥料分を吸収するわけではないところも、土づくりの難しいところです。
「樹が暴れるから肥料を減らしたら、中身がスカスカ。いつも失敗の積み重ねで『なんでやろ?』って考えるようになりました」
そうして、試行錯誤を重ねていきました。
土壌の成分調整が難しい二毛作
さて、90年代のオレンジの輸入自由化に伴う補助事業が始まり、福津市周辺ではこれを活用してハウスを建てて、作物を育てる施設園芸が広まっていきました。この時、久保田さんは23aのハウスでトマトとスイカの二毛作を始めます。
「夏にトマトを植えて、春にスイカを植える。ナス科とウリ科だから、相性はいいはず。と考えていたんですが、見事に失敗しました」
後でわかったのは、トマトは多量のカリを必要する作物で、土壌に含まれるカリ成分を全部吸い取ってしまいます。その後にスイカを植えたところ、カリ不足で変形果が多く出てしまったそうです。
「翌年からカリ分をプラスしたら、よくできました。そんなところも経験の繰り返しです」
その後、ハウスでのスイカ栽培は休止。トマトだけに絞って栽培を続けるようになりました。すると、今度は連作障害との戦いが始まります。
耐病性のある接木苗を導入し、収穫を終えた夏には土壌にたっぷり水をかけ、ビニルを張り、ハウスを閉め切って太陽熱消毒を行います。
「どうも悪い菌は、土の上の方におるようで、土を鋤かずにそのままビニルをかけた方が消毒効果は高い。これで土壌病害は8割くらい出なくなりました」
液肥に工夫を凝らし、食味を上げる
そうして連作障害を回避しているトマトのハウスでは、8月に苗を植え、9月から収穫開始。1本仕立ての斜め誘引で栽培しています。収穫は奥様と2人で行い、お母さんが袋詰めを担当しています。3月末、半年以上果実をならし続けた樹は、終盤を迎えていました。
「出荷時期を伸ばそうと思えば、4月下旬から5月までとれるんです。でも、4月に入ると果実が赤黒くなって、食味が落ちる。だから、3月いっぱいでおしまいです」
品種は「フルティカ」。タキイ種苗が開発した中玉品種で、糖度が高く、さらにリコピン含有量が普通のトマトの2倍以上。機能性の高いトマトとしても知られています。
「今から1カ月前、ものすごく甘くなりました。あんなに甘くなるのは初めて。それまでとは全然違う。自分で作っておいて、絶賛するのもおかしいですが……」
「液肥が効いとるんですかね」
そう話すのは、九州北部で農業資材を販売する(株)サンセラプラントの小林克己さん。久保田さんは、小林さんや生産者仲間の情報を元に、市販の液肥にバクタモン®を混ぜて使っています。
トマトの食味を上げる方法として、葉面散布を行ったこともありますが、久保田さんは現在行っていません。
「葉に直接水分をかけると、湿気が高くなって病気になりがちなのでやめました。必要な成分は、元肥に入れて、液肥で補う。その液肥の中にバクタモン®が入っています」
「包近のモモ」に後押しされて
そんな久保田さんが「モモを植えよう」と思ったのは8年前。子どもたちが独立したのを機に、新しい作物に挑戦したいと考えました。周囲にモモを作っている農家がほとんどなく、栽培実績のない場所で始めたのは、「私が、モモが好きだから」。
さらに、高濃度のモモを栽培し、ギネスブックもその記録が記されている、大阪府岸和田市・松本隆弘さんの「包近のモモ」の存在も、久保田さんの「モモを作ろう」という思いを後押ししました。身近に経験者がいない中で、試行錯誤で栽培が始まります。
かつてはスイカ畑で、ご自身が子どもだった頃は田んぼだった16aの圃場に、68本の苗木が植えられています。その品種は、収穫順に…
6月 赤宝(せきほう)……長野県の小町園が「あかつき」から発見した早生品種
7月 あかつき……国が育種した中生の白肉品種
なつおとめ……「あかつき」と「よしひめ」を交雑させた中生白肉品種
川中島白桃……長野市の川中島地区で誕生
紅錦香(くにか)……長野市川中島地区で発見
黄桃……果肉の黄色いモモ
つきかがみ……国が育種した、生食用黄桃の晩生品種
の7種類。6月末に収穫が始まる「赤宝(せきほう)」を皮切りに、晩生の黄色いモモの「つきかがみ」まで、品種リレーが続きます。
一年生のスイカやトマトと違い、永年性果樹のモモは結実するまで時間がかかり、植えたその年に出荷できません。
「市場へ出荷できる競争力のある作物を作るには、最低5年かかります。5年間は無収入。4年目までは勉強です」
最初は地元の普及所に問い合わせ、基本的な栽培方法を習得。それから実際に栽培している農家を訪ねたり、資料やネットを通して技術を積み重ね、独自の栽培方法を確立してきました。そこには「包近のモモ」の松本さんが愛用している「バクタモン®」も外せません。
「収穫の10~14日前に株元に散布します。それがいいと聞いたから」
ところが、散布が梅雨時と重なるため、大雨が降ってせっかく散布したバクタモン®が流れて二度撒きしたり、ちっとも雨が降らずカラカラで、収穫後も圃場にそのまま残っていたことも。毎年予測のつかない異常気象に、頭を悩ませています。
食べどきの見極めが難しい
こうして苗を植え付けて5年。いよいよ出荷が始まりました。冬の剪定、枝の誘引、摘蕾、摘花、摘果など、果樹にはトマトとは異なる作業がたくさんある中で、最も頭を悩ませたのは「いつ収穫するか」。その「食べどき」の見極めがとても難しかったそうです。
モモは数ある果樹の中でも、最もデリケートな作物で、収穫後しばらく追熟させた方が甘く、やわらかくなるのですが、そこで流通させると小さな衝撃でも傷ついて、果肉が黒ずんでしまうのが難点です。
「初めて直売所に出した時は、収穫してすぐだったので『甘いけど、硬い!』と、お客さんからクレームが飛んできました」
収穫のタイミングの見極めは、品種によっても異なります。栽培経験のある人に尋ねても、「それはお前、自分で食べて確かめるしかない」との答え。
「モモを食べたら商品にならんし、全部食べるわけにはいかんでしょう(笑)。それでも一口か二口、何度も食べました。すると、だんだんわかってくる」
そんな久保田さんのモモは、福津市とお隣の宗像市の「ふるさと納税」の返礼品に。両市を代表する農産物として、全国へ発送されています。選果選別と箱詰めは、エアコンを効かせた自身の作業場で行い、注文分をまとめて農協へ出荷。その際「〇日後が食べ頃です」と明記したカードを入れて送り出しています。
産直と違い「ふるさと納税」は、農家が多忙な収穫時に事務作業に追われることがなく、発送や集金等の手続きを農協に任せられるので、作業に徹することができます。
夏は休まずモモを出荷し続け、それが終了した9月には、息をつく間もなくトマトの定植が始まります。
「夏は一日も休みません。スイカの時代からずっとそう。ここで『休みたい』なんて言ったら笑われますよ」
数量限定で販売されるほど、人気のトマト。栽培に着手してわずか5年で地元を代表する農産物となったモモ。いずれも久保田さんのたゆまぬ探究心の賜物です。大谷翔平さながらの「農産物の二刀流」の影で、バクタモン®もまた、休まずせっせとはたらいています。
2024年3月21日
取材協力/(株)サンセラプラント
取材・文/三好かやの
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