絶大な人気を誇る「丹波黒」の枝豆
兵庫県但馬地区の朝来市で、有機栽培のお米と黒豆、その枝豆を育てる村上彰さんをお訪ねしたのは2017年の秋でした。あれから6年。うれしいニュースが舞い込んできました。
長年にわたる地元の農業への貢献と、環境保全型農業の取り込みが評価され、村上さんは「農業、商業、工業等の業務に精励し、他の模範となるような技術や事績を有する人」に与えられる黄綬褒章を授与されたのです。
11月初旬、村上さんの農場では例年通り「丹波黒」の枝豆の収穫が、急ピッチで進んでいました。他の品種の大豆や枝豆よりもずっと大きな丹波黒。乾燥させた大粒の黒豆は、おせち料理に欠かせぬ食材ですが、まだ枝と莢が青いうちに収穫するその枝豆も大人気。首都圏の自然食品店や居酒屋から、連日注文が舞い込んでいます。
「今年は丹波黒を6ha作っています。黒豆で販売するのが4ha。種子用が1haで、枝豆用は1haくらい。種子用以外は、みんな『有機で作って大丈夫か?』って言うけれど、はい!この通り。10月中旬から11月初めの2~3週間が勝負です」
指差す先の圃場では、次男で後継者の克彦さんとスタッフの3人体制で、収穫作業を進めていました。トラクタの後ろに脱莢機を乗せた台車をつなぎ、刈り取った枝豆をその場で投入。豆の入った莢だけをコンテナに取り出し、葉と茎はその場で粉砕。圃場に還していきます。以前は、刈り取った枝を作業場に運んで脱莢作業をしていたのですが、「枝ごと運んで、出た葉と茎をまた畑に戻すのは大変」だったので、村上さんの発案で屋内用の脱莢機のモーターをエンジン駆動に変え、キャタピラ付きの台車に乗せて、圃場で使える形に改良しました。
きめ細やかな水管理で猛暑を乗り切る
今年の夏は、朝来市でも高温が続き、水が少なく、村上さんは圃場の水管理にとても気を使っていました。
「今年の夏は、畝間灌水。畝の間に水を入れて、土の保水力と水分を確保しました。ここは田んぼだから水路から直接水を引けるけど、それができないと花が止まらず落ちてしまう。そんなケースが多い年でした」
夏の間は田んぼに水を入れるため、水口の見回りが欠かせません。
「豆の田んぼが20枚ほどあるのですが、夜通し見回りをして、朝になってしまうこともありました」
猛暑の年、いかに土壌水分の維持が大切かが伝わってきます。一方、圃場や畦には容赦なく夏草が生えてきますが、村上さんは専用のスタッフを2人雇用して、草刈りを行っていました。見事に膨らんだ大粒の枝豆は、夏の間のきめ細やかな水と、草の管理の賜物なのです。
こうして収穫された丹波黒の枝豆は、ほどなく自宅の隣に併設された作業場へ。妻の健子さんとパートタイマーの女性3~4人で、ベルトコンベアに流れる枝豆の莢をていねいに選別。虫喰いの穴の開いたものや、痩せた莢を外して出荷に備えます。
「コウノトリ育む農法」のリーダーとして活躍
一生産者として、有機栽培で素晴らしい丹波黒やお米を栽培している村上さん。黄綬褒章の授章式は今年5月15日、農林水産省講堂で行われ、野村哲郎農林水産大臣より勲章と賞状を受け、その後皇居にて天皇陛下に拝謁し、ねぎらいのお言葉を賜りました。その勲章と賞状は、ご自宅の玄関に掲げています。
今回の受章に至った功績として、
1.地域ブロイラー経営の先導と複合経営の確立
2.環境創造型農業を核とした土地利用型農業モデルの確立
3.地域リーダーとして活力ある地域農業の推進
4.農業後継者の育成と兵庫県農業発展への寄与
5.学識経験者等として地域農業への推進に貢献
この五つの項目が挙げられています。そして、
この30年の間に、JAたじま 黒大豆生産部会長、田中営農組合長、兵庫県農業経営士会理事、コウノトリ育む農業アドバイザー研究会副会長、JAたじま
コウノトリ育むお米生産部会副会長、朝来市人・農地プラン検討会副会長、朝来市農林業振興対策審議会長、朝来市農業再生協議会長、あさご就農プロジェクト会議委員長、但馬まほろば産直の会長等、地域の農業を牽引するリーダーとして、数々の役職を歴任されました。
中でも評価されたのは、兵庫県が推奨する「コウノトリ育む農法」のリーダーとして、環境保全にも尽力された点です。
村上さんが子どもの頃、田んぼで見かけたコウノトリは、翼を広げると2mを超える大型の鳥。農薬を多用したことで、エサとなる小魚や小動物がいなくなり、いつしか姿を消していました。「コウノトリと共存できる環境を取り戻そう」という試みが隣の豊岡市まで始まり、村上さんは何度も通ってその技術を学びました。
化学肥料ではなく、バクタモン®を使って発酵させた鶏糞を使用。田んぼに棲息する小動物たちを観察し、「おたまじゃくしの足が4本になり、ヤゴが羽化してトンボになって、水がなくても生きていけるようになったら、水を落とす」等、自然と共存できる方法で稲作を進めてきた、その結果……
毎年、春になると大きなコウノトリが舞い降りるようになりました。
「田んぼで代掻きしていると、虫や小動物を求めてカラスと一緒にやってきます」
有機栽培に必要なのは、観察力
そんな中、かつて地元の田中営農組合でともに活動していた農家は、24軒。その数は年を追うごとに減っていき、今では「片手で数えられる」ほどになってしまいました。それでも、「高齢化の中で面積も人数も減っていますが、若い人の中には『黒豆をやっていこう』という機運もある。そうゆう子たちをうまく路線に乗せていかなければ」
コウノトリが舞い降りる環境を取り戻すため、農薬や化学肥料を使わず、循環型の栽培法を確立した村上さん。それでも異常気象が続く昨今、周囲には「有機で大丈夫か?」と、先を危ぶむ声も少なくありません。猛暑やゲリラ豪雨に見舞われても、有機栽培でしっかり農産物を収穫し続けるには、どうすればよいのでしょう?
「それはちょっと難しいですね。なぜなら有機栽培には、観察力がいるから」
相手は、自然と環境です。特定のマニュアルに則って栽培するのではよいのではなく、土と作物、虫や小動物、コウノトリまで、同じ環境に生きるすべての生き物たちを「見る目」を養う。
それが有機栽培には欠かせないのです。
そんな環境や作物を「見る目」を養うには、どうすればいいのでしょう?
「失敗を恐れないこと。それもまた経験だから。失敗を克服するのは何かを考えることが、成功につながるから」
と話す村上さんは、積極的に地元の若手農家を実習生として受け入れています。中には、地元名産の「岩津ねぎ」を栽培していて、独立して1年目にネギの品評会で最優秀賞を獲得しました。
失敗を恐れず、見る目を養う。そんな村上さん直伝の教えが生きています。
有機はツボにはまれば収量が上がる
兵庫県の農業試験場からやってきた職員が、村上さんの黒豆の圃場を見て言いました。
「村上さんの圃場には、枯れた株がない。今、丹波地域では立ち枯れが多いんですが、茎疫病は出ないんですか?」
「うちには、枯れた株はありません。莢もしっかり膨らんで、品揃いもいい」
たしかに。村上さんの黒豆畑を見ると、株の背丈が生えそろっていて、立ち枯れて欠株した箇所は見られません。
世間では「有機栽培の作物は、収穫が少なかったり、作物が小さいのはやむをえない」という声も聴きます。ところが村上さんは、
「たとえ農薬や化学肥料を使っても、これだけの黒豆はできません。化学肥料では味が出ないから」
収穫も、お米に関しては反収8~9俵。黒豆の粒の大きさも慣行農法を凌ぎ、食味に関しては(一社)日本有機農業普及協会の栄養価コンテストで3年連続金賞を受賞しました。どこにも負けない品質と味わいが実証されています。
「有機で作ったら収量が減るというけれど、ツボにはまる(土壌分析をして、それに沿った施肥を行う)と収量は上がります。要は、そのはめ方です。そこにはめるには、植物生理をしっかり学ばなければ」
ツボにはまった有機栽培。それを実践するには、土づくりが外せません。そしてそれは、稲刈りや収穫の時点から始まっています。稲刈りではわら、黒豆畑では茎や葉などの残渣が出ますが、村上さんはこれを粉砕して圃場に戻しています。そして、
「田植えの時点で分解されて、稲わらが残らないように。そこにまだわらが残っていたら、田んぼに水を入れた時、ガスを湧いて苗に負担をかけてしまう。稲わらを分解させて、土の状態をコントールすることが必要。それが苗を植えたらすぐ、白い根が伸びてくる秘訣です」
植えつけた苗がすぐに白い根を伸ばせる状態に。すると、養分吸収が早く、肥料効果も出やすいのです。
「そうやって、わらや残渣を分解させて、翌年の苗に負担をかけないような土壌にしておく。それが大事です」
こうして育てた村上さんの黒豆は、節間が短いのが特徴。ずんぐりとした姿で、しっかり土に根を張り、猛暑の中でも見事に花を咲かせて結実しました。
真っ白な根が伸びる土を
村上さんは、冬の間に1年かけて発酵させた鶏糞とバクタモン®を散布。そうすることで、稲わらの分解を促進し、翌年の土づくりを進めています。
そもそも村上さんとバクタモン®の出会いは、鶏糞の処理からでした。神戸からUターン。家業の養鶏を受け継いでいた村上さんは、鶏糞が放つ臭いに悩んでいたところ、BMエルド®を与えることで、臭いも低減。鶏糞を発酵させた堆肥が、作物を健康に育てていきます。
現在、養鶏事業は別の事業者が受け継いでいますが、これを軸とした土づくりは集落全体で続いています。
「鶏の飼料には、穀物やカキ殻など、土に必要なものがバランスよく入っている。だから、バクタモン®との相性もいい」
地域全体20haの田んぼから出た籾殻とヌカを、鶏糞に混ぜて1年間熟成。これを11~12月に2日間かけて、地域全体に散布します。こうして必要な堆肥の材料を、すべて地元で賄って圃場に還元する。そんなスタイルも確立しました。同じ集落では、徐々に耕作者が減っていますが、耕作放置地はゼロ。コウノトリが舞い降りる圃場では、微生物や虫、小動物や鳥たち、そして人間も一緒に奮闘し、有機栽培が地域の自然と経済をしっかり循環させているのです。
褒章はたしかに喜ばしい快挙ですが、村上さんにとってはひとつの通過点。これからどこを目指していくのでしょう?
「次世代を担う子どもたちに、有機の農産物を。朝来市は、国が推奨しているオーガニックビレッジにも参加します」
ツボにはまった有機は強い。それを全国に知らしめた朝来市の取り組みの中で、バクタモン®は地域循環をお手伝いしています。
2023年11月2日
取材・文/三好かやの
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