樹勢のコントロールが難しい
福岡県南部の広川町。街を見下ろす高台でブドウを栽培する、高鍋さんのハウスを訪ねました。3月下旬、外は季節外れの突風が吹き荒れていましたが、三重のビニルに守られたハウス内はおだやかで、緑色のブドウの房がふくらんでいました。
「これは巨峰。5月半ばに出荷します」と話す高鍋啓二さん(70歳)は、ブドウをつくって52年のベテラン。そこに10年前から息子の純一さん(41歳)が加わり、親子二代で栽培しています。
「樹勢が強くて、葉っぱは大きくなるし、節間は伸びるし。それが花の咲く時期と重なって、先端に養分が行って種が入らなくなってしまう。そこからさらに脇芽が走って……。もうどうしようもない状態でした」
樹勢を抑えようと、肥料を控えめに抑えて与え続けてみると、今度は養分不足でブドウそのものの収穫量が減ってしまいます。節間が伸びると、ブドウの房と房の間隔が間延びして、高鍋さんの「10aに4,000房はならせたい」という目標に、なかなか届かないのが悩みでした。
そこで、思い切ってそれまでの棚全体に枝が広がる長梢剪定から、冬の間の剪定時に新芽を2つだけ残して新梢をカットする短梢剪定に大きく変えました。その同じ頃、農業資材と地元産の農産物の販売を手がけるサンワード(株)の樋口和彦さんのすすめでバクタモン®を導入したのです。
節間が詰まり、葉もコンパクトに
すると、だんだん樹勢が落ち着いて、節間も狭くなり、葉も大きく茂らず、太陽光が地面まで届くようになりました。土の中で、いったい何が起きたのでしょう?
「土壌に投入した肥料分を、一度バクタモン®が抱きかかえるんですね。そして、じわーっと少しずつ出してきたところを、ブドウの根が吸い上げる。広川町内でも、ここまで節間を詰めて、ぎっしり房を作っておられるのは、高鍋さんだけじゃないでしょうか」(樋口さん)
それまでは、土に投じた窒素分をいきなりブドウの根が吸い上げていたため、葉が大きく茂り、節間も伸びがちでした。ところが、バクタモン®が先に窒素を抱きかかえ、有機態窒素に変換し、バクタモン®がつくり出すさまざまな分泌物とともに放出することにより、ブドウは少しずつ養分を吸収し、じっくり育つようになったのです。
高鍋さんが、樹勢のコントロールに悩んでいた20年前は「10aに4,000房」が目標でしたが、バクタモン®効果と剪定法で、樹が落ち着いてから、徐々に収量も増えてきました。
そして今では、その目標値を追い越して「10aで5,000~6,000房」を実現させています。
高鍋「節間が短くて、ずーっと同じ調子で続いている。そして葉っぱが大きくならない」
樋口「コンパクトでカチッと厚みのある葉ですね」
高鍋「小さくて、上向きに立っとるでしょ。しかも、軸が赤いのがいい」
樋口「アントシアニンですかね」
高鍋「おそらく。こういう樹には、多少の暑さ寒さに負けない強さがあると思います」
目指すのは、超特選
高鍋さんがブドウの栽培を始めた50年前は、マスカットベリーAやキャンベルアーリーの露地栽培が中心でした。そこへ、粒の大きな巨峰が登場。当初は有核=種ありで栽培していましたが、後に無核=種なしが主流に。さらに圃場をビニルで囲い、冬場はボイラーで加温する、加温栽培が主流になっていきました。
また冬なのに、ブドウに「春だ」と感じさせるために、温度を上げることは可能ですが、日照時間を変えることはできません。すると、純一さんが頭上を指さして、
「暗くなってもハウスに照明をつけて、電照栽培をしています。すると、ブドウが夏だと勘違いして、早く実をつけるのです」と教えてくれました。
ブドウの主産地である、長野、山梨、岡山よりも先行して出荷できるのは、広川町の恵まれた天候と、こうした施設を利用した栽培のおかげなのです。
現在は5月中旬から出荷が始まる巨峰を40a、続いて6月半ば過ぎのピオーネ20a、そして7月中旬から出荷するシャインマスカット40aを栽培。地元の農協のパッケージセンターを通して、福岡や関西方面へ出荷しています。
農協に出荷したブドウは、房や粒の大きさ、色、糖度によって選別され、等級ごとに分けて箱詰めされますが、中でもトップクラスは「超特選」と呼ばれています。高鍋さんが樹勢コントロールに悩みながらも、品質向上を目指していた15年前、巨峰の超特選を目指していました。
高鍋「1箱に4房詰めるんですが、玉が大きくないと見栄えがしない。ところが、玉が大きいと色が回らない。そこが大きな問題で、超特選は我々の夢でした」
そして高鍋さんは、部会の仲間とこれを実現。ちょうどバクタモン®の効果で樹勢が落ち着いてきた時期とも重なります。
樋口「超特選の巨峰。それはもう芸術品の域です」
そんな高鍋さんが、全国的に栽培面積が増えているシャインマスカットを作り始めたのは、10年ほど前。3~4年前から本格的な出荷が始まりました。巨峰とピオーネは、冬の間ボイラーを炊いて加温することで早出しを実現させていますが、シャインマスカットは加温栽培が難しく、無加温の方が作りやすいそうです。
「一度、早出しにも挑戦して、1粒10g以上の立派な房ができました。でも、糖度が上がらない。時期が早すぎたんですね。日照不足だとおいしくなりません。」
温度変化に敏感で、糖度を上げるには日差しが不可欠なシャインマスカット。こちらでも超特選クラスを目指していますが、こちらもまた巨峰やピオーネとは違う難しさがあるようです。
「最低糖度17度というのが農協の決まりなんですが、大きい粒をつけると15~16度以上になかなか上がらんとです」
いかに高品質で高価格のシャインマスカットを作り上げるか。全国のブドウ産地でそんな気運が高まっていますが、高鍋さんもまた、大粒でしかも糖度も高い、そんなシャインマスカットを目指しています。
30年先を見据えて
ところで、そんな高鍋さんが一時期「ぼちぼちブドウはやめよう」と思ったことがあったそうです。すると、当時久留米の自動車整備会社で働いていた純一さんが、仕事を辞めて一緒にブドウをつくるというのです。
樋口「うれしかったでしょ」
高鍋「うーん。反面、こりゃ大変だと。自分が食べる分なら、なんとかなる。もう隠居してぼちぼちやろうと思ってたところに帰ってきたから、まだ頑張ってやらんと(笑)」
あと30年は作り続けなければ。「ぼちぼち」どころではなくなってきました。将来を見据えて栽培を続けるために、今、目指しているのは、
「規模はこのまま1haを維持して、いかに同じ面積で収量を上げるか。反収アップが目標です」
それには節間を短く育て、健全な果実をコンスタントにつける。そんな栽培方法の探求が続きます。
一方、純一さんも地元のブドウ生産者仲間の青年部に所属して、情報交換する機会も増えました。他の農家の人たちが見学にやってくると「うわ、節間が短い!」と驚かれることもしばしば。そこで初めて、父の技術の高さを思い知ったそうです。
今では大抵の作業を任されるようになりましたが、翌年の出来・不出来を決める冬の剪定や誘引は、まだまだ父に学ぶところが多いそうです。
「枝を捻って、養分のバランスをとる≪捻枝(ねんし)≫という作業があるのですが、これが難しい」
大切なのは「見る」こと
20年前、バクタモン®を取り扱っていた樋口さんは、他のブドウ農家にもすすめましたが、真っ先に「使ってみよう」と言ってくれたのが、高鍋さんでした。他の資材をすすめた時も、普通の人がハウスで3~5回葉面散布するところ、20~30回散布して効果を試していたのも高鍋さん。バクタモン®の場合、最初の3年はなかなか目に見える効果が上がらなかったものの、それでも使い続けたことで、樹勢が安定し「超特選」も実現。きっちり成果を上げてきました。
高鍋さんが、その微妙な違いに気付けたのは、なぜでしょう?
樋口「高鍋さんは、ハウスにいる時間がそれだけ長いんです。作業するだけでなく、ずっとブドウの樹を見ている。常に見ているから、微妙な変化に気付けるんですね」
啓二「だいたい上見ていますね。今日は元気にしよるか?って話しかけると、葉っぱが騒ぎよっとですよ(笑)。それから、葉っぱの表面にどれだけ産毛が出ているか。状態のいい時は光っとります。これまでは自分なりに勉強してきた。俺の勉強は終わった」
純一「もっと人手を増やさんと、難しか」
あと30年作り続けるために、父の技を受け継いで、いかにブドウを見る「目」を養うか。
街を見下ろす高台のブドウ園を受け継いで、純一さんの「勉強」が続きます。
2024年3月20日
取材・文/三好かやの
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