飛騨の代表的な伝統野菜「赤かぶ」
岐阜県東北部の山間部に位置する高山市は、自然豊かで古い町並みが残る観光都市。平成の大合併により「日本一広い市」になりました。
その高山市国府町で野菜を栽培している野村農園の野村正さん(57歳)、美也子さん(57歳)夫妻は、夫婦別々の名刺を持っています。それはよくある話。ところが、正さんの名刺には「西洋野菜」。美也子さんの名刺には「伝統野菜」と、別々のロゴが描かれているのです。これはどうしたことでしょう?
まず「伝統野菜」について教えていただきました。
飛騨の赤かぶは、奈良時代、東大寺へ大仏を作りに出向いた『飛騨の匠』が持ち帰った種子がルーツと言われていますが、本当のところはわかりません」(正さん)
高山を訪れる観光客に人気なのが「宮川朝市」。川沿いに小さな露店がいくつも並び、店頭には野菜や果物、餅や漬物などの農産加工品、さらに民芸品も並んでいます。朝市の店先や市内の土産物店で目を引くのが、赤かぶの漬物。飛騨の赤かぶは、高山を代表する伝統野菜のひとつ。鮮やかな赤い色が特徴です。
飛騨の赤かぶは、明治頃まではこんなに赤くなかったようです。徐々に改良を加えられて、きれいに発色する品種が残った。地元では一般の人も、農家も漬物屋さんも漬けていて、それぞれの家で味が違うのです」(美也子さん)
高山には、赤かぶを筆頭に多彩な伝統野菜が残されていて、野村夫妻が作る赤かぶの甘酢漬けは冬場の季節商品でした。ところが、「去年と今年は、夏の暑さで発芽できず、漬物を作れない状況が続いています」(美也子さん)

さらに、野村夫妻が住んでいる旧国府町で代々受け継がれてきたのが「国府なす」。漬物ではなく「焼きなす」用のナスとして、ずっと地元の人たちに愛されてきた伝統野菜です。
大きいナスに真ん中に切れ込みを入れて、サラダ油と地味噌を入れて焼くと、クツクツクツ……。焼きナスが最高においしい」(正さん)
地元の子どもたちに『このナスは何?』って聞くと、すぐさま『焼きなす!』と答えます。朝市で販売すると、みんな家族の人数分買って帰る。そんな食べ方と食文化が定着しています」(美也子さん)
地元の人たちに愛される「国府なす」を、自家採種して栽培を続ける野村夫妻。国府町の名を冠した唯一の野菜は、2023年9月1日、岐阜県が定める「飛騨・美濃伝統野菜」に認証されました。





都会の八百屋で働いて…
さて、正さんは高山で十代以上続く農家に生まれました。「農業はやりたくない」と思いながらも、石川県の農業短大へ進学。そこで出会ったのが、同級生の美也子さんでした。卒業後、地元の市場で働いたり、上京して「大地を守る会」でアルバイトしたり。20代の野村青年は「農業をやりたくない」と思いながらも、なぜか野菜と離れられずに過ごしていました。
バイト先の「大地を守る会」は、無農薬栽培の野菜を販売する八百屋の草分け的存在。そこで働くうちに、都会にはこうした野菜を求める消費者が数多くいること。そして、それに応えて無農薬で栽培できる生産者が、各地に存在することも知りました。
そうして高山へ戻ったのは25歳の時。当時の野村家は、慣行栽培で育てた野菜を農協へ出荷し、朝市でも販売。そんなスタイルで営農していました。
『農薬を使わずに農業したい』と言ったら、親とケンカになりました。無農薬で野菜がうまくできればケンカにはならないのですが、実際にそれまで農薬ありきで育てていた畑で、無農薬栽培をするのは、想像以上に大変だったのです」(正さん)


ナスの苗に紙を巻け!
そんな正さんは、短大時代のクラスメイトで、当時は「私のノートを写していた」と話す美也子さんと再会。30歳で結婚します。卒業して10年離れて暮らす間、美也子さんは1970年代のアメリカの青年たちの運動に端を発する環境活動「アースデイ」の日本での立ち上げや、イギリスで100年以上の歴史をもつ「ナショナルトラスト(活動環境基金)」などに加わり、環境問題に関心を寄せる自然派女子として活動していました。
それは結婚して1年目の夏。「国府なすを消毒したから、今年の秋もまだたくさん取れるぞ!」と、正さんが帰ってきました。

全身びしょ濡れになるほど、農薬がかかっていました。それは、私にはものすごい衝撃だったのです。食べる人への影響はごくわずかかもしれないけれど、正さんは全身農薬漬けになっている。『やめてほしい』とお願いしました
それからしばらくして、正さんは「野菜に農薬は使わない!」と宣言。田んぼに、一回除草剤を使うだけ。畑では、草や虫との戦いが始まりました。美也子さんも覚悟を決めて挑みます。
高山に来て10年。30代の間は、ひたすら農業だけをやっていました。田舎の人は実力のない人間の話を聞かないし、意見も通らないから。思えば修行の10年でした
まず化学肥料の代わりに、大量に有機肥料を投入しました。するとミミズが大発生し、土の中はキリウジ(=ネキリムシ)だらけ。続いてネズミもやってきて……という状態。
国府なすと漬物用の小なすの苗を2,000本植えても、朝起きるとキリウジにたくさん切られて倒れてしまう。いったいどうすればいいのか、当時の二人にはわかりませんでした。
私もさすがにこれは無理かと思いましたが、正さんは一度決めたら絶対に譲りません。本当に大変でしたが、今思えばそれでよかったのだと思います

有機質肥料の投入で、害虫が大発生。どうすればいいのかとヒントを与えてくれたのは、美也子さんが金沢の古本屋で見つけた古い農学書でした。
大正時代に書かれた本で、野菜の苗に『紙を巻け』と書いてありました
そこで、二人が植え直した2,000本の苗に、紙を巻くことに。朝になると畑に嚙み切られた白い紙が点々と落ちていて、苗は無事残っていました。
キリウジは紙だけ食べて、諦めるようです。それを5~6年続けました。すると、ほとんど見かけなくなりました。たしかにいるんだけど、苗を全滅させるようなことはありません
慣行農法で野菜を作り続けた場所を、無農薬栽培に適した土壌に変えていくのは、長年放置され、草や虫たちがバランスをとりながら共存している放棄地を開墾するよりも、ずっと難しい。二人はそれを身を以て体験したのでした。


引っ張ってもナスの根が抜けない
こうして試行錯誤と奮闘を続けていた野村夫妻の元へ、15年ほど前から富山の肥料会社で働いていた中島克志さんが訪れるようになりました。中島さんは、野村さんが所属していたナス部会に資材を提供しながら、栽培指導に当たっていたのです。
慣行栽培を続けてきた農地を、無農薬栽培に適した土に変えていくには、どうすれはよいのでしょう?中島さんは言いました。
基本的に根っこが一番大事なので、生育初期にいかに根っこを張らせるかが重要です。窒素成分が反あたり8㎏以上もあれば、上の茎や葉は繁茂するけれど、根っこは育たない。極端な話、元肥は0でもいい。そうすれば野菜は根っこを張りながらゆっくり育ちます。そして、強くなっていく。すると自ら身を守る物質を出すので、虫の害はだんだん減っていきます

そんな中島さんは、7年前に独立して富山県滑川市に(株)栽培技術研究所という会社を設立しました。そこで販売しているのは、オリジナル商品「アマナ」という名の発酵肥料。イワシに塩と麹を加え、イワシの自己消化酵素により、1年以上かけてペプチド状のアミノ酸にまで分解させたエキスで、根がすぐ吸収できる状態になっているので、土壌に散布すると強力な発根作用が生まれ、根圏微生物の活動も活発になります。
これを使うようになってから、野村さんの作るナスはめっぽう根張りがよくなりました。
収穫を終えたナスの樹は、びっしり根を張っているので、両手で引っ張っても抜けません。地上部をチェーンソーで切って、地中の根を土に鋤き込むようになりました
さらに中島さんは、野村夫妻に、魚カスにバクタモン®を合わせてつくる、ボカシ肥の作り方も伝授しました。このふたつを使うようになったことで、野村さんの野菜は変わっていきます。
野菜のキメがどんどん細くなっていきましたね。えぐ味がなくなって、味がくっきり。そして日持ちがよくなりました」(美也子さん)
だんだん生命力のある野菜になってきた感じがします」(正さん)


プロの料理人の評価が上がる
親ともケンカ、草ともケンカ」(正さん)しながら、二人は無農薬で栽培した赤かぶや国府なすなどの野菜を、宮川の朝市で販売していました。
7~8ぐらい前から、シェフたちの評価が上がってきました。そもそも朝市のお客さんは、みんな地元の料亭やレストランの方達だったんです」(美也子さん)
観光地である高山市には、飲食店やホテルが数多く存在し、プロの料理人が買い物かごを手にして、朝市で高山ならではの食材を探す。そんな光景がよく見られます。野村夫妻が育てる赤かぶや国府なす、冬の間に雪の中で保存する「雪中野菜」を求める料理人が増えていて、いつしか常連になっていきました。中島さんの「アマナ」と、バクタモン®を使った土から生まれる野菜たちは、シェフたちに好まれる味わいになっていたようです。

すると、高山だけでなく、東京や遠方のシェフからも注文が舞い込むようになってきました。野村夫妻は伝統野菜の「飛騨ねぎ」を作っていたのですが「ポワロも作ってほしい」と、ある料理人からリクエストされました。
ポワロとは、西洋料理に使われる太いネギで、リーキとも呼ばれていて、フランス料理には欠かせぬ野菜となっています。日本のネギで同じ味と存在感を出すことは難しく、中にはデンマーク産のポワロを1本1,000円以上で仕入れて使っているシェフもいるのだとか。国内での栽培事例は、北海道など冷涼な地域にごくわずかしかありません。
一方、伝統野菜の飛騨ねぎも手間のかかる作物ですが、販売価格は1本100円前後。中には、朝市にて50円で売っているおばあさんもいるそうです。野村さんが「このままでは誰もつくる人がいなくなる」と危ぶんでいた時に、ポワロの話が舞い込みました。
もしかすると、飛騨ねぎの技術を生かしてポワロも作れば、両方活かせるかもしれない
とはいえ、手慣れた日本のネギと違い、ポワロの栽培は大変でした。

土寄せする時、ネギの葉が重なる襟元に土が入りやすいので、レストランへ送ったらクレームが届きました。また、飛騨ねぎは冬の寒さに強いのですが、ポワロは弱くて凍ってしまう。でも、芯は生きているので、なんとか出荷できるようになりました
国産で有機栽培のポワロはめったに手に入らないので、料理人たちの人気の的。秋から冬にかけての大事な商品となりました。
こうして、料理人たちのリクエストに応えるうちに、根チャービル、セルフィーユ、エディブルフラワー……。西洋料理に必要な特殊な野菜も次々つくるようになり、気がつけば伝統野菜と西洋野菜、両方栽培する農家になっていました。
それでも、無農薬栽培に向く野菜とそうでない野菜があります。最初から化学肥料ありきで設計されている品種は、なかなか大きくなりません。初期に根を張らせて、じっくり育てる。そんな栽培にマッチした野菜が残って、年間30種くらいを作るようになりました


畑を訪れる料理人も…
取材を訪れた5月半ば、野村夫妻の元をある料理人が訪ねてきました。
「こんにちはー。お野菜、見せてください」
颯爽と現れたのは、岐阜県の白川村の宿「城山館」の松古雅幸さん。合掌造りで有名な荻町の集落内にある、明治から四代続くお宿です。ここで料理を担当する松古さんが、車を飛ばして野村さんの畑にやってきました。
この日、美也子さんはシェフのリクエストに応えようと、雨の中、山の畑でセリを摘んでいました。特に種を蒔いて栽培しているわけではなく、その土地に自生している山ゼリですが、野趣にあふれ香りが高く、プロの料理人たちに人気の一品です。
「シンプルに出汁にくぐらせて、しゃぶしゃぶのように味わう料理が人気です」(松古さん)
畑に来て、美也子さんと一緒に野菜を摘み取ると、テンションがあがり、料理のイメージも膨らむ様子。松古さんは、カラフルなレタス、白や黄色のカブ、アブラナ科の作物たちの菜の花、赤い花びらが愛らしいエディブルフラワーなど、10種以上の野菜を持ち帰りました。


土と種を大切に
顧客の行動が制限され、予約が激減したコロナ禍の3年間は、レストランや飲食店にとって厳しい時期でした。高山を訪れる観光客も減り、野村さんは朝市への出店も見合わせています。それでも宅配で無農薬栽培の野菜を求める個人客や、生協の「自然派くらぶ」の注文を通して、野村さんの野菜は売れていきました。行動が制限され、おうち時間が増えても「無農薬栽培のおいしい野菜が食べたい」という人は、確実に増えているのです。
無農薬で野菜を続けるには、土づくりとともに大切なのが種子。国府なす、縞ささげなどの高山ならではの在来種はもちろん、イタリアントマトの「サンマルチアーノ」など、顧客の評価の高い野菜は、できるだけ種子を採って栽培するようにしています。
在来種は、病気になりにくいし、この土地に慣れている。高山で生きのびる術が遺伝子的に組み込まれている感じがします」(正さん)

高山に嫁いで、最初の10年はまるで修行のよう。外向きの活動はしていなかったという美也子さんですが、二人の野菜を求める人が増えるにつれ、全国の伝統野菜を調査している山形大学の江頭宏昌教授や、在来野菜ブームの先駆け的な存在となった「アル・ケッチァーノ」奥田政行シェフなど、研究者や料理人もつながって、積極的に意見交換する機会も増えてきました。
さらに近年は、自然豊かで文化も高い高山に「移住したい」という人が増えています。中には「野菜を有機栽培で育てたい」という声も多いのだとか。そこで美也子さんたちは6年前、地元の有志が設立した「高山市有機農法推進委員会」に参加。伝統野菜の魅力や、環境にも人間にも負荷をかけずに野菜を作り続ける知恵と技を広めていこうとしています。

高山で「親と草」との格闘と葛藤に始まって、土と向き合いながら、伝統野菜と西洋野菜に粘り強く共存できる道を見つけた野村夫妻。そこには、中島さんとの出会いや、微生物の力を利用してしっかり根を張らせるアマナやバクタモン®のチカラが生きています。


2023年5月14日
取材・文/三好かやの


野村農園
http://nomura-nouen.com/

白川郷・城山館
https://shiroyamakan.jp/




 




マルヤファーム様
「糖度世界一、ギネスが認めた包近のモモ」

(株)吉岡農園様
「土とともに40余年。栽培から販売まで、自ら手本を示す和歌山の肥料店」

宇城農園様
「『山椒ミルク』が大人気、山の中のジェラート店」


(株)村上ファーム様
「コウノトリ舞う里で生まれる、大粒の黒大豆」

廣井昌利様
「健康と取り戻すためにリンゴを栽培。人も地域も元気に。」


(有)ファームランド豊様
「イモ、豆、カボチャ…温暖な気候と微生物のチカラで、多品目の露地栽培を実現」

(有)須田フルーツ様
「キラリと輝く果実は土づくりから」


(有)おりた園様
「バクタモンで世界に通じる緑茶を育てる」


(株)しろとり動物園様
「小さな微生物から大きなゾウまで、みんな学べる動物園」


(有)松山農産様
「微生物のチカラで廃棄物を、宝物に!」


越福雄様
「古木と土のチカラを生かし、リンゴを顧客に直売」


神奈川肥料(株)様
「土中の菌の力を生かす熱水消毒のパイオニア」


山崎香菜江様
「安来発。ルビーのような大粒の章姫を栽培」


大杉ぶどう園様
「ブドウの味は、毛細根が決め手!」


(有)イーモン様
「『E-MON(いいもん)』で、農家をトータルにお手伝い」


(株)茄子葉様
都市近郊で「泉州水なす」を作り続ける

(株)堀内果実園様
「五條の柿が原点 フルーツ満載のカフェが大人気!」


JA壱岐市肥育センター様
「壱岐の牛とともに歩むBMエルド®」


(株)MAKOTO農園様
「半樹摘果とマルチ栽培で、高品質なミカンを育てる」


黒岩洋一様
「微生物の力で、雹害に負けない土と根を育てる」


坂東明文様
「優良菌のはたらきで新しい有機栽培を」


楠正人様
「微生物の力で、土とスイカの味を進化させる」

山本隆様
「バクタモン®を、米、花、野菜にフル活用」


くわの農園様
「全国からファンが殺到!くわの農園の『あまおう』」


■(株)マム・ランド様
「菊と小松菜で田川の農業をリードする」

萬葉様
「土からはじまる庭づくり」

神奈川肥料(株)様-追記
「猛暑を乗り越え「はるみ」が一等米に」

(株)村上ファーム様-追記
「有機の里づくりで黄綬褒章を受章」

(株)国際有機公社様
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坪井農園様
「農業は総合職。味で勝負のトマトを栽培」

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「10aで5,000~6,000房。大粒のブドウを作る」

久保田農園様
「トマトとモモ、二刀流栽培に挑戦!」