豊岡の田んぼに広がるリンゴ園
兵庫県東北部にある、豊岡市出石町を訪れました。日当たりのよい田んぼの一角にリンゴ園が広がっています。ここは、関西では珍しいオーナー制のリンゴ園。廣井昌利さん(76歳)さんが、30年ほど前に開きました。ふじを中心に千秋、王林、むつ、つがる、さんさなどの樹が植えられていて、私たちが訪れた10月中旬には、どの樹もたわわに実をつけていました。
いずれの樹も大きく、広く枝を広げる『開心形(かいしんけい)』と呼ばれる仕立て方。枝に雪が降り積もっても決して折れないように、太い枝を伸ばすのは、リンゴの産地、青森県のやり方に似ています。
「ここは兵庫県なのに、まるで青森みたいですね」と尋ねると、
そうです。私は青森に8年通って、剪定とリンゴづくりを学んでいました」と廣井さん。
なぜ、そんなに通っていたのでしょう?


このままでは寿命は還暦まで。生きるために農業を
40代半ばまで自動車の整備士として働いていた廣井さん。その整備技術がすばらしいと、地元の陸運局から表彰を受けるほど高度な技の持ち主でした。ところが、景気が傾き、整備士から販売担当へ。それでも「ひと晩に4、5台売ることもザラ」なほど、優秀な営業マンでした。帰宅が夜10時を過ぎるのは当たり前。整備士時代も忙しかったのですが、淡々と一人で仕事をこなすことが多く、不思議とストレスを感じることはなかったそうです。しかし人間相手の営業の日々が続いたことで、廣井さんは次第に健康を害していきます。血糖値も上がり、血圧は160を超えるまでに。医師から『このままいけば、寿命は還暦まででしょう。食の改善が必要です』と告げられます。当時48歳。廣井さんは退職を決意しました。
自分が健康になって、生きるために、農業を始めよう」そう考えたのです。


苗木を植えたのに、育て方がわからない
こうして廣井さんは、空いていた農地に120本リンゴの苗木を植えました。
リンゴの苗木を植えました。実ができたら送ります
周囲の人から1本5,000円~30,000円の会費を募って、オーナー制度を始めました。その数60人。ところが兵庫県には、リンゴ栽培のプロが少なく、普及センターに訊ねても栽培方法を指導できる人がいません。本場の青森県に問い合わせても、『他府県の人には教えられません』と断られてしまいました。

当時、廣井さんの3人の子どもたちは、ちょうど大学進学を控えていたので、いちばんお金のかかる時期。リンゴのオーナーさんからは、すでに前払いで会費をいただいていました。「
来年リンゴができなければ、自分は詐欺罪で捕まってしまうし、子どもも進学させられない。でも栽培方法が分からない。これは困った
困り果てた廣井さんは、地元の中央卸売市場へ何度も足を運び、「
何か、いい方法はないか?」と思案しながら、産地から送られてくるリンゴばかり見ていました。
そんな廣井さんに声をかけてくれたのは、市場で最も高値がつくリンゴを販売していた、青森県弘前市のリンゴ商社の人でした。
リンゴの栽培技術をどうしても覚えたい。青森県のりんご協会に紹介してほしい
「わかった」
こうして廣井さんは、夜行列車で15時間かけて日本海側を北上し、豊岡から弘前へ。冬の間、地元のリンゴ園に住み込みで働きながら、剪定の栽培技術を学ぶようになりました。
岩木山の麓に広がるリンゴ畑には、毎年1.5~2mの雪が積もるので、脚立なしで枝を伐ることができます。「
冬の仕事を見ると、他の作業もだいたい察しがつく」のだとか。弘前で2カ月学んで、豊岡に帰るのは3月末。
ちょうど豊岡の農園が剪定の時期を迎えます。
ここは、青森よりも花の開花が1カ月早い。
なのに、収穫は1カ月遅い。つまり1年の6分の1も長く、樹にしがみついている。その分、日照もたくさん受けるし、生きながらえるためにいろんな成分を
吸収している。だから、非常に健康にいいリンゴができるわけです

当時、弘前のリンゴ園では『名人』と呼ばれる生産者に何人も会いました。剪定も接木もすばらしい技術を持っているのですが、本人はそれを体で習得しているので、なぜそうするのか、質問しても客観的に分析せず、第三者にうまく説明できません。廣井さんは納得できるまで、名人たちにとことん質問し、その答えを自分なりに裏付けすることで、その技を自分のものにしていきました。
修業の甲斐あって、詐欺罪で捕まるのでは……と危ぶまれた最初の実は、ちゃんと収穫できました。1年目は無償で教えてもらいましたが、翌年から剪定作業はアルバイトに。8年通って修業を重ねた成果が、現在の栽培にも生きています。


台風被害を乗り越えて、市民農園を開設
こうして持ち前の探究心で、リンゴ栽培技術にも磨きをかけ、市民参加型貸し農園と農家レストランの設立準備を進めていた2004年10月20日。豊岡市を台風23号が襲いました。
祭りの日の夜でした。暗くて水が見えなかった。夕方6時に堤防が溢水。浸食して堤防が決壊しました。すごい水でね。全体で250町歩ぐらいが沈みました。我が家も大規模半壊。ポンプ40台で汲み出したんです
当時、区長を務めていた廣井さんは、復旧やボランティアの受け入れの陣頭指揮に立っていたので、自分の家を顧みることもできず、収穫前のリンゴは半分泥をかぶり、売り物になりません。また、無事な実を収穫する間もないほど、復旧に奔走していました。
当時、交流施設の地鎮祭を終えていた市民農園の計画も、白紙の状態に。それでもこの地に住み続け、次世代を育てたいと、07年『鳥居やすらぎ市民農園』を開設しました。1区画50㎡で117区画。トイレやシャワー、交流室、各種農機具が設備された管理棟もあり、廣井さんは全体の組合長として、栽培指導に当たっています。
元々整備士で、理詰めで物事を追求するタイプ。
納得しなければ、先に進めない」という、廣井さん。農業を始めて以来、専門書を一度に10冊以上買い、自ら探究し続けてきました。機会があれば専門家を訪ねて質問します。
ある東京大学の研究所の所長と話した時のこと。
「草食動物は、肉食動物の餌食になっている。それでも絶滅しないのは、なぜか?」と問われました。廣井さんが
草食動物が、負けずにたくさん産むからではないですか?」と答えると、
「そうではない。旬の時期の草食動物は、肉食獣が全力で追いかけても捕まらないくらい俊敏なのです。つまり肉食獣は、自然界の掃除屋として、弱ったものを食べている。だから草食動物は、生きながらえる」。
廣井さんは、その話はまた、野菜の有機栽培にも応用できると考えました。
害虫は、旬の時期の野菜は喰わない。だけど、小さな芽や、旬を過ぎるとまた喰われる。だから、初期生育の時期を丁寧に見ること。旬を過ぎた作物は速やかに抜くこと。また、害虫は必ず畑の外からやってくるので、周辺防除は大事。周辺の畔や空き地を綺麗に草刈りしておけば、問題ない
そんな考え方で、露地やハウスを管理するようになりました。納得できる栽培法を見出すには、「
自然に教えてもらうのが、一番」だと感じています。


基本、応用、トドメのバクタモン®
廣井さんの農業は、単に野菜や果樹を栽培して販売することだけが、目的ではありません。それは自分自身も含め、食べる人が健康になることにあったのです。リンゴの産地である東北や長野よりも『2カ月長く太陽を浴びて』じっくりじわじわ育つ廣井さんのリンゴは、健康を願う人のニーズにマッチ。好評を得ています。
美味しいだけでなく、食べる人の健康にも貢献できる作物を作るには、作物そのものが健康でなければなりません。「腰を痛めてリタイアしたトラック運転手が、トマト栽培に使ったら、元気になった」と聞き、その人が使っていた『クロレラ』を葉面散布材として導入。
一定の効果を得ましたが、コストが高いのが悩みでした。
続いて、知り合いに紹介されたのが【
バクタモン®】です。春になり、圃場に散布するとリンゴの根が、窒素成分を急激に吸い上げるのを抑制し、じっくりと効かせるので、組織が緻密な果実が生まれます。廣井さんにとって、ここまではバクタモン®の使い方の基本
続いて応用編があります。
それは
萌芽期の芽が膨らむ頃と、蕾が色づく頃、そして花が咲く前の3回、葉だけでなく枝にもバクタモン®と尿素で溶液をつくり、散布しています。
萌芽期は、人間に例えると5~9歳のゴールデンエイジ。もっとも細胞分裂が活発で、生長の盛んな時期です。この時期にバクタモン®を250倍、尿素を500倍に希釈した溶液を散布すると、果実の細胞が増える。バクタモン®が生成する植物ホルモンのオーキシン=インドール酢酸の効果を狙っています
インドール酢酸には、細胞伸長、分裂促進、発根促進、頂芽優先などの作用があるのです。
果樹にとって、花芽のできる萌芽期は、その実の将来を決定付ける、大切な時期。細胞が少なくぶよぶよした『ゴム果』なのか、硬くしまった実になるのかが決まります。
バクタモン®の出番は、もう一度
収穫間際の樹に、
バクタモン250倍の単用液を散布します。
収穫前にもう一発。トドメをさします
最後にもう一度かけることで、バクタモン®が硝酸態窒素を吸収。すると、果実が充実して、結果的に
甘くなるのです。外見では見分けはつきませんが、「トドメ」をさすことで糖度が上がり、味わう人が『おいしい』と感じるそうです。


リンゴ30本を間伐しても、収量は変わらず
29年前、退職を機に食べる人の健康を願って植えた樹は、未曾有の水害を乗り越えて、現在もたわわに果実を実らせています。現在50aほど栽培していますが、手が回らなくなったため、30本ほど伐り、空いた場所にイチジクやプルーンの実を植えました。ところが、
僕はとにかく果実が好きなので、いろいろ作るんです。でも、伐ったら、残った樹が前より元気になって、実がよけいになる。間引きをする前と収穫は一緒。却って増えたくらい」と苦笑い。
土と樹が健康なことを物語っています。

新たに植えたイチジクの中でも、特に黒イチジクは
生産者が少なく、珍しいだけでなく消化酸素を含んでいて、体にもよいと評判です。


医者もメガネも必要なし
現在、果樹以外に、露地とハウス1haで野菜を栽培。最初は手押しの耕耘機で耕していましたが、途中から長男の亮介さんも栽培に加わって、トラクターや農業資材も充実させてきました。
『あなたの寿命は還暦まで』と言われた年齢をはるかに超えた今も、元気で栽培を続ける廣井さん。
そうですね。みんな私の肌を見て『若い若い』と。
 医者にかかることもなくなったし、いまだにメガネはかけていません

納得しなければ進まない。そんな気質で、栽培理論をとことん追求。
冬の青森へ8年通って名人の技を受け継ぎ、自分も人も健康になれるリンゴを栽培。
水害を乗り越えて市民農園を開設して、地域の振興や次世代の育成にも力を注いでいます。


●鳥居やすらぎ市民農園 http://www.yasuragi-nouen.net



2017年10月 取材・文/三好かやの

 




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