肥料と技術を提供しながら、お米を栽培
しっかり発酵させた鶏糞に「バクタモン®」を加えた、オリジナル肥料「拮抗®」の製造・販売を手がける平塚市の神奈川肥料(株)をお訪ねしたのは2019年1月のことでした。
創業者の窪田耕一さんが開発されたオリジナル肥料の製造販売に加え、薬剤を使わず連作障害や土壌病害を防ぐ「熱水土壌消毒」事業も展開。持続可能な農業に役立つ資材や技術を提供しながら、毎年1.5haの水田でお米も栽培されています(詳しくは「バクタモン®な人々vol.13」をご覧ください)。
あれから4年。コロナ禍を乗り越え、ようやく人の行き来がスムーズになり、ほっとしたのも束の間、今年の7~9月は連日30℃を超える猛暑日が続いたため、平塚市内でも高温障害による生育不良や減収に悩まされる農家が少なくありませんでした。
ところが…
「地元の農協へ12地区から出荷された令和5年産米16,000袋の中で、うちが育てた『はるみ』30袋だけが、一等米でした」
そう話す社長の窪田一豊さんが稲作を続ける平塚市金目地区は、温暖な気候と金目川水系の豊富な水に恵まれ、昔からお米の栽培がさかんな地域でした。都市化が進み、農地と宅地が混在する中、現在も約60haの水田で稲作が行われ、地元平塚市にあるJA全農
営農・技術センターで生まれた品種「はるみ」が特Aに輝いたことも。粒ぞろいと食味の良さにも定評があり、昨年は全体に7割の一等米が占めていたそうです。ところが今年は、粒が大きく育たず、全体的にも小粒な傾向になってしまったようです。
「その原因は、折からの猛暑。7~9月はずっと暑かった上に、夜になっても気温が下がらない。米というのは夜温が下がらないと、登熟しないのです」
稲わらと相性のよい「拮抗®」
窪田さんはこれまでは、お米を自ら販売していたので農協へ出荷していませんでした。ところが今年、地域の土木委員長に就任したのを機に、一部のお米を農協へ出荷することに。初めて検査を受けたところ、「一等米」のお墨付きを得ることができました。
今回、窪田さんが農協へ出荷したのは72袋。うち一等米の評価を得た「はるみ」は、後半に出した30袋だけだったそうです。なぜそうなったのか。予想外な展開に、首をかしげる窪田さん。近隣でお米を栽培しているのは、みんな年上のベテランばかり。気温も土壌もあまり変わらぬ条件の下、他の農家と唯一違う点があるとすれば、
「田んぼに『拮抗®』を、入れているか・入れていないかだけじゃないかと思います」
「拮抗®」は、完全に発酵させた鶏糞に、貝化石とバクタモン®を加えた神奈川肥料(株)オリジナル商品で、一豊さんの父・耕一さんが考案しました。これを施用した圃場で育つ作物は、「根張りがよく、健康に育つ」と評判です。
窪田さんは、そんな「拮抗®」を、米作りにも活用しています。まずは苗づくり。育苗箱に「拮抗®」を入れて種籾を蒔くと、根がぎっしり伸びてきて、田植え前には「苗箱をひっくり返しても落ちない」ほどになるのだとか。バクタモン®由来の微生物が生きている「拮抗®」は、健康な苗づくりにも欠かせぬ存在となっています。
さらに、稲刈りの時はコンバインで粉砕した稲わらを圃場に散布。12~1月になると10a当り100㎏の「拮抗®」を散布して、稲わらと一緒にすき込んでいきます。
「昔からこのあたりでは、『刻んだわらをそのまま田んぼの土にすき込むな』といわれていました。そのまま田んぼにおいておくと、春まで残っているので今でも火をつけて燃やしている人もいますが、私はあえて燃やさずにすき込んでいます。すると、田植えのころにはすっかり分解されている。わらが土に還って養分になる。稲わらとバクタモン®を使った拮抗®は、相性がいいと感じています」
神奈川県におけるお米の生産量は、全国的にみると、東京、沖縄に続いて少ないのですが、それでも平塚産の「はるみ」は、食味がよいと評判に。直売所等では、これを目当てに買い求める人も大勢いて、今や地元の人たちに愛されるブランド米になろうとしています。そんな「はるみ」が猛暑に負けず、一等米になれたのは、
「拮抗®に含まれるバクタモン®の微生物が、うまくはたらいたおかげ」ではないかと、窪田さんは考えています。
土木委員長として地域の水資源を管理
今年、米農家を悩ませたのは高温だけでなく、夏場の水不足でした。全国的に例年の夏よりずっと降水量が少なく、田んぼがひび割れしてしまった地域もあったほど。そんな夏、金目地区の土木委員長の任に就いた窪田さん。12地区ある6つの水門を管理する総責任者です。
地域の水田に水を供給しているのは、金目川。水が足りない時は、水門の開け方を調整するなどして、全域に水がゆき渡るよう気を配らねばなりません。この夏、窪田さんはいつでも水門を開閉できるように、鉄製の水門のハンドルを軽トラの荷台に積んで、地域をパトロールしていたそうです。
一方、ひとたびゲリラ豪雨に見舞われると、金目川が増水し、用水路があふれてしまいます。これを防ぐためには、雨が降るたびに、水門を閉めなければなりません。各水門には、川の中に土砂を積み上げて小規模な堤防を築いていますが、流れが強いとそれもまた流されてしまいます。
「そのたびに堤防を治す業者を手配して、水門の前が土砂で埋まっていたら、ユンボで掻き出してほしいとお願いして……その出動は、5月から9月までの間に、6つの水門で55回を数えました」
夏場の雨不足かと思えば、激しいゲリラ豪雨。極端な気象現象と向き合いながら、稲作には欠かせぬ水を送り続ける。窪田さんが育てた「平塚のはるみ」が一等米になりえた背景には、水管理を欠かさない農家の見えない努力が隠れているのです。
父から伝わるタマネギ育苗
さて、窪田さんの父で神奈川肥料(株)の創業者である耕一さんは、残念ながら昨年12月2日に他界されました。「拮抗®」の生み出の親で、薬剤を使わない熱水土壌消毒システムの普及に尽力されました。
農業に役立つ資材や技術を広めながら、自らもお米や野菜を栽培。一生産者として、畑や田んぼに出るのが好きだった耕一さんが、もうひとつ遺したものがあります。それはタマネギ苗の販売。この仕事もまた、一豊さんと真理さん夫婦が受け継いでいます。
それにしても、肥料屋さんがタマネギ苗を育てるのは、なぜでしょう?
「元々、私の祖父がタマネギを育てていて、今事務所のあるこの場所は、タマネギの乾燥小屋でした。当時、販売目的で苗を育てていたわけではありませんでしたが、仕立て方がうまいと評判に。それを父が引き継いで育苗専門になり、神奈川や東京のJAさんへ納めるようになったのです」
取材でお話を伺っている間にも、窪田さんの携帯電話が鳴り、「〇束ほしい」と、近隣の人から苗の注文が舞い込んでいました。11月は、タマネギ苗の定植時期なのです。
事務所の裏手にある圃場では、タマネギの苗が発芽して鮮やかなグリーンの芽を伸ばしていました。今夏の酷暑は、タマネギ苗にも襲いかかります。平塚では、タマネギの種子は8月のお盆過ぎに蒔くのが通例ですが、極早生と早生の品種に限り、その前に播種しています。ところが、
「露地の畑に直播きするので、猛暑の影響をダイレクトに受けます。上に被覆して乾燥を避けて育てましたが、今年は暑すぎてダメになってしまった苗も多かったですね」
窪田さんが育てる苗は、プロ農家の間でも評判がよく、相模原や東京の多摩地区、八丈島のJA経由で販売されています。極早生、早生、中生、中晩生と育苗。中には、地元湘南で生まれた赤タマネギの「湘南レッド」の苗もあります。
「60年以上前に生まれた古い品種ですが、今、日本で出回っている赤いタマネギには、多かれ少なかれ、この品種の血が入っています」
タマネギは、苗を定植したら半年以上かけて育てる、息の長い作物。苗の出来・不出来が全体を左右するので、責任は重大です。露地畑で猛暑に耐えながら、地中に根を張り、まっすぐ元気に伸びる苗。土中では、根張りをよくする「拮抗®」が活躍しています。
10~11月は、タマネギ苗の出荷で大忙し。苗の圃場に隣接する倉庫では、熱水消毒のボイラーがスタンバイしていました。土壌に熱水を通すことで、病原菌を死滅させ、処理後にバクタモン®を配合した「拮抗®」を散布すると、微生物たちがより生き生きと活動を始めることができます。
微生物の力を生かした「拮抗®」、連作障害に悩む農家を応援する熱水土壌消毒、そしてプロ農家が認めるタマネギ苗。都市化と高齢化が進む平塚市で生まれた「3つの宝」を受け継ぎながら、神奈川肥料(株)は、自らお米やタマネギ苗を育て、猛暑やゲリラ豪雨に立ち向かい、環境保全型の農業を目指す生産者を、応援し続けています。
2023年10月26日 取材・文/三好かやの
●神奈川肥料株式会社
http://www.kanagawa-nessui.co.jp
|